「――我ら『混合魔獣』種は、すべての生物の頂点に位置し、
高い知能でもって他の魔物を導く――。
そうだな? セツナ。
私が言っていることは、なにか間違っているか?」
わたしは黙りこんだ。
目の前には、この地域の魔物を統べるキメラの王さま。
薄暗い遺跡内の、円形状に広い空間。
その中心の玉座に座って、王さまはわたしを見下している。
……そこで、周囲からイヤなささやき声が耳に届いてきた。
「またあの娘か……」
「なんであんな小娘が、よりにもよって王族のキメラ種として生まれてきたのさ……。
おれだってキメラとして生まれてみたかったのに……」
「やっぱり見てくれが人間の娘そっくりだから、どっかで人の血が混じってるんだ」
同じ魔物のはずなのに、たしかな悪意のこもった視線を感じて、わたしは魔獣の爪をあらわにして叫んだ。
「うるさい! 文句があるならかかってくるがいい!
わたしが八つ裂きにしてくれるぞ!!」
ささやき声はすぐに消えた。
広い遺跡に、わたしの声が空しく反響する。
これでも自分は、最強の魔物『混合魔獣』種の一角だ。
力がすべての群れの中では、歯向かうやつなんかだれもいない。
いないはず、なのに……!
「口を閉じろ、セツナ。
その爪もしまえ」
王さまの言葉で、わたしはしぶしぶ魔獣の爪をひっこめた。
「……我らキメラ種だけが持つ『擬態』の能力は、天敵である人間の街に紛れ込み、情報の確保をするためのものだ。
お前に人間語を教えたのも、ゆくゆくは人間に一矢報いるためだ。
だがセツナ。お前はそれらの能力を、こともあろうか人間を救うことに使ったな」
「あいつらはただ森に迷い込んだだけだ! 敵意のないやつを殺す必要なんかない!」
「黙れ。いまは私が話している」
王さまの重い声音のあとに続けて、後ろの方からバカにしたような笑い声が聞こえてくる。
わたしは歯を食いしばりながら耐えて、睨んでしまいそうな目をどうにか動かして王さまを見上げた。
「貴様が逃がした人間は何人に昇る?
答えろ」
「……三人だ」
「その三人の中から、我らにあだなす者が現れるかもしれぬだろう。
セツナ、お前がやったことは、我ら魔物への裏切り行為とみられてもおかしくはないのだぞ」
「でも……王さま!
人間が攻撃してくるのはわたしたちが人間のテリトリーをおかしたからだ!
悪いのは人間じゃない!」
「話にならんな」
……とんだ恥さらしだ、と王さまがぼそりと呟いた。
苛立ちと失望をにじませる王さまが、抑揚のない声でわたしを見下す。
「今日はもう戻れ。お前の処遇はまた今度、知らせよう。
――他の者たちも、散れ!」
そんな王さまの一声で、まわりはそれぞれのねぐらに戻っていった。
わたしはそいつらが離れていくのを待ちつつ、でもずっとここにいると王さまからまた何か怒られるんじゃないかと思ったので、仕方なく魔物たちの後に続いて帰ることにした。
部屋に戻る途中で、行く先の曲がり角から声が聞こえてきた。
「――あんなのが俺たち魔物を導く王族だなんて、信じられないよな」
しまった。ここは一本道だ。
とにかく早く自分のねぐらに戻りたくて近道を選んだけど、先のほうでめんどうなやつらが集まっているようだった。
「正直、したっぱの俺でももっとうまくやれると思うぜ」
「キメラは知能が高いなんていうけど、あいつは別だよな!
きっと、どっかおかしいまま生まれてきちゃったんだ」
「『文句があるならかかってくるがいい!
わたしが八つ裂きにしてくれるぞお』!」
楽しそうな笑い声が反響してきて、わたしは通路の影に座り込んだ。
……ここから先には進めない。
でも、だからといって、今から引き返して別のだれかとすれ違いになったらきっと不審に思われるだろう。
用心深く、自分が歩いてきた方向に夜目を利かせながら、じっと影に隠れて息を潜めた。
「でも、あんなのでもキメラ種のはしくれなんだから、身体の一部だけでも食っちまえば強くなれるんじゃないか?」
「バカ、相手はキメラだぞ。まともにやりあって勝てるもんか」
「そうだ、毒を使おう! あいつが食べるめしに毒をかけておくんだ」
「いいなそれ!」
わたしは膝に顔をうずめて、さらに息を押し殺した。
はやくあいつらなんか消えちゃえばいいのに。
いっそのこと今からでも、どしどしと歩いていってあいつらを食い殺してやろうか。
でもそんなことしたら、何だか自分が感情に振り回されるだけの負け犬みたいに思われるかも。
そんな思いがちらついたので、結局わたしは通路の影にじっと隠れつづけた。
「あんなやつ、いなくなっちゃえばいいのになあ」
「きっと王さまもそう思ってるよ。
だれかがあのキメラの娘を殺してくれることを待ってるんだ」
「そうだ、ほかの魔物たちのために、セツナを殺そう!」
「よっしゃ、秘密の場所で作戦会議だ!」
……。
…………遠く消えていく足音。
わたしはしばらくの間、その場を立ち上がれなかった。
部屋に戻る途中で、あいつらとまた出くわすかもしれない。
もうすこしだけ、時間を置いてから動き出そう。
でも、あまり遅くなりすぎると、もしだれかとすれ違ったときに、何かを感づかれてバカにされるかもしれない……。
「……」
……なんで、こんなくだらないことで自由を奪われなければならないのだ。
別に、わたし、望んでこの姿に生まれてきたわけじゃないのに。
なのにどうして、こんなみじめな思いをしなければならないのだ……!
「もういやだ」
このまま、ずっとこれが続くなんてイヤだ。
どうしたらいいだろう。
「――そうだ、人間になってしまえばいいではないか」
キメラは、完全な人間の姿に擬態することができる。
わたしの場合はもともとが人間の娘に近い見た目なのだから、きっと簡単に溶け込めるだろう。
群れのみんなからバカにされてきたこの姿がこんなところで役に立つなんて。
それにわたしは人間の言葉だって教わってる。
もしかしたら、人間の街に入って、キメラとしての姿を隠しつづけることさえできれば――
魔物ではなく、普通の人間として生まれ変われるのではないか?
「よし、決めたぞ。
わたしはいまから『キメラ』をやめてやる」
そう一人で宣言したとたん、頭のなかが晴れていくようだった。
この群れを抜けると決めたいま、もう誰からの悪意も気にする必要はない。
いくら悪口を言われようが、バカにされようが、これからのわたしには関係のないことだ。
部屋へ向けていた足を正反対の方向へ向けて、外へ向けて歩み始める。
べつにわたしは構わなかったけど、ほかの魔物とすれ違ったりはしなかった。
遺跡を出て、暗い森のなかをさらに足早に進んでいく。
静かな夜のにおいを吸い込みながら、わたしはわくわくしていた。
普通の人間として生まれ変われたら、どんな暮らしになるのだろう。
人間が作るご飯はおいしいからな。
いろんな飯を食べ尽くしてみたかったんだ。
あと、きれいな星空をひとり占めできる丘を手に入れて、何にも怯えず眠ってみたい。
きっと、格別の喜びが待っていることだろう。
思い描いた自由な暮らしにもうすぐ手が届くと直感し、はやる気持ちをおさえきれずに駆け出した。
深くどんよりと闇のよどんだ古の森が、月夜がまぶしい若い森林へと変わり、やがて、視界の開けた星空でいっぱいの草原が現れて。
――そして、その街にたどり着いた。
『クォリック』と、逃がした人間たちが呼んでいた街。
城壁とやらに囲まれて守られているが、あれくらいなら簡単に飛び越えられる。
感づかれないように遠目で見たかんじだと、見張りのやつは油断しきっている。
気配を消せば簡単に忍び込めるだろう。
わたしはにやりと笑った。
どうしてこんな簡単なことをいままでしようとしなかったんだろうか。
自分さえ望めば、望むものはけっこうすぐに手に入るのだ。
「人間の姿になるのは……壁を越えてからでいっか。
くふふ。
さあ、わたしの新しい『人』生のはじまりだ」
わたしは、助走をつけるべく駆けた。