第百二十話 説得

「オラっ、吐け!
 出口はどこだよ!?」
「い、いや、私めにはそんなことを口にする権限は……」
「じゃあ知ってるってこったな?」

 人体のどこかを殴る鈍い音が続けて、後ろのほうから響いてきた。

 デューイによる天樹会メンバーへの尋問はうまくいっている……のかもしれない。

 ちょっとやり方が乱暴すぎるような気もするが、
 お上品な手段を選べるほど余裕がないのも事実なので黙認している。

 あとは出口さえ分かれば大きく前進するのだが……
 それとは別で頭を悩ませている問題が現れた。

 

 セナのことだ。

 いったいどうすればいいのか。
 そのことでまだ頭の整理がついていないのだ。

 ぼんやりと暗闇を見つけて考え込んでいるが、答えがいまだに見つからない。

「――ロウ。スロウ!
 聞いてんのか?」

 と、そこでハッとして後ろを振り返った。

「あ、ああ、ごめんデューイ」
「まったく。
 ほら、こっちのことはオレがどうにかしてやるから、
 さっさと行ってこい」
「うん?」

 こちらが首をかしげると、デューイがふん、と鼻を鳴らす気配がした。

「だから、出口の情報はオレに任せて、
 お前は嬢ちゃんのところに行ってこい」
「……まだ、なんて話しかけるか決めてないんだけど」
「そんなのは動いてから考えろ。
 言葉足らずでもいいからよ、まずは嬢ちゃんに会ってこい」
「……」
「どのみち、今のままじゃ出口が見つかったとしても迷うだろ」

 それは、そうかもしれない。

 このまま自分とデューイだけで即脱出できる状態になっても足が動いてくれない気がする。

 はあ、とため息をついた。
 やはりどうにかして彼女を説得する以外にないのか……。

「わかった。ちょっと行ってくるよ」
「ああ、ぜひそうしてくれ」
「……ん……?
 待った。そいつのつけてる指輪なんか光ってない?」

 すっと、暗闇のなかで目を刺激する光源へ指を向けた。
 デューイのごつごつとした右手が、天樹会の男の手首をつかんで引き上げる。

「おい、なんだこれはよ」
「……」
「そうかそうかだんまりか。
 じゃあもう一本、指でも折るか」

 ぺき、と軽い音が聞こえてきて、思わず自分も顔をしかめてしまった。
 天樹会の男の声にならない悲鳴を耳にして俺はデューイの巨体を見上げる。

「なんていうか……容赦ないよな、デューイ」
「そりゃどうも。
 ほら、さっさと行け」

 デューイに諭されて俺はようやく足を動かし始める。

「――ああ、ちょっと待てスロウ、待て待て。
 お前、その手枷は外さなくていいのか?
 オレの剣ならぶった切ってやれるぜ」

 そういえばそうだった。

 確かに電撃を食らわなくていいし、腕の重りもなくなるからさっさと外してしまいたいが……少し考えてからデューイからの提案を断ることにした。

「いや、あとにしとくよ。
 ほかの奴隷たちに気付かれたら面倒そうだ」
「そうか、そんじゃまたあとでな」
「ああ」
「……おらっ、何寝ぼけてんだ!
 その光ってる指輪のこと、まだ聞いちゃいねえぜ」

 後ろのほうで尋問を続けられてる天樹会の男に同情しながら、彼女のことを探し始めた。

 

 

 

 彼女はすぐに見つけられた。
 兎人族特有の縦の獣耳を揺らしながらあちこちを見て回っている。

 どうやらまだあたりを散策していたらしい。
 危険な下層に潜ってなくてよかったと思いながら、声をかけた。

「セナ!」
「……っ」
「その、さっきの話だけど……」
「わ、わたしの決心は鈍りません!
 ついてこないでください!」

 デューイから『動きながら考えろ』とは言われたが、
 いざ実際にその場面に立ってみるとそう簡単にはいかない。
 早歩きで逃げようとする彼女を追いかけながら、とにかく頭に浮かんだことを問いかけた。

「残飯を食べる毎日でいいの!?
 外に出ればもっとちゃんとしたものが食べられる!」
「運ばれてくるものでも十分おいしいんだからいいじゃないですか!」
「もっと、明るいところに出たいって思わないの!?
 ここじゃ足元もおぼつかないし!」
「慣れればこんなの平気です!」

 ダメだ、一問一答形式ですぐに返される。

 それでもあきらめきれず、早歩きで追走しながら「病気になったらどうする」とか「寂しくなるかも」などといった攻撃を繰り出したのちに、とある質問を投げかけたときだった。

「ここでの暮らしが長く続けられると思うの!?」
「魔法道具ってものさえ持ってこれれば大丈夫なんでしょう!?
 それくらいわたしにだってできますし、問題ありません!」
「でも、魔法道具が尽きたらどうするのさ!?」
「っ……!」

 手ごたえを感じた。

「このダンジョンは無限に広がってるわけじゃない!
 いまはまだ魔法道具が出てるからいいけど、それもいつ底をつくかわからない。
 天樹会にひとつも魔法道具を渡せなくなった奴隷に、
 それでも変わらずご飯を与えてくれると思うの?」
「なんでそんなイジワルなこと聞くんですか……!!」

 ついに早歩きを止めてくれたと思ったら、
 振り返った彼女の表情は、自分への怒りと敵意に満ちていた。

「嫌なことから逃げたらいけないんですか!?
 気が付いたらこんなところにいて、『早く元に戻って』、『記憶を取り戻して』って!
 どうしてわたしのことを見てくれないんですか!?
 いまのわたしはこの場所で生きてくだけで十分なんです!
 もう関わらないでください!」

 そう憎々しげに言い捨てた彼女は、
 おそらく本気で力を込めた跳躍によって一瞬で暗闇に去ってしまった。

 

 俺は膝に両手を当てて息を整えようとする。

 どうしても、分からない……。

 大切な人が心をくじいて立ち止まってしまったとき、
 自分にできることは何なのだろう?

 

 その人の選択を受け入れて、また歩き出してくれることを辛抱強く待つことだろうか。

 それとも励ましの言葉を浴びせて勇気づけることだろうか。

 あるいは変に本人を意識しすぎずに、ほどほどの距離を保って見守ることなのか?

 いや、そもそも……『心をくじいている』なんていう風に決めつけること自体、間違っているのかもしれない……。

 

 俺はセナに地上へ出てほしいと思ってる。
 辛い思いはするかもしれないが、その方が後々の彼女にとっても良いことだと思うから。

 けれど俺の個人的な願いのためだけに、
 彼女の心を無理やり操ろうとすることには少なくない罪悪感が伏流する。

 その罪悪感はたぶん見逃しちゃいけないものだと、そうも感じる。

 そう、彼女の人生は彼女だけのもの……。

 まして、記憶を失って、今までの縁が切れかかってるのならなおさらではないか。

「くそ……」

 俺は瓦礫のうえに腰かけてため息をついた。

 糸口がつかめない。
 八方塞がりな現状に頭を抱えているときに、

 ――ふ、と。

 ある直観が頭をよぎった。

 

 それは、セナとは無関係の、完全に自分のことだった。

 

 自分もまた、かつて記憶を失って村に流れ、デューイとともに旅を始めた。

 故郷に戻るために。
 失われた記憶を探すために。

 ……このまま故郷を目指し続けたら。

 もしかしたら……。

 セナと同じように俺も、
 なにかつらい『現実』を思い出すことになるのではないだろうか――?

 

 

 

 ――瞬間、思考をさえぎったのは電撃の痛みだった。

 全身を一瞬にして縛り上げるような微細すぎる苦痛に倒れこむ。

 息ができない。
 いつまで、続くんだ。

 と思ってからすぐに電撃は収まり、ややあってから高らかな声が洞窟内にこだました。

「――奴隷諸君! 広場に集まりたまえ!!
 天樹会より公式の発表がある!!」

 

 ……天樹会?
 どうしてこんなタイミングで……?

 

「ぐ……」

 とにかく、行ってみなければ分からない。
 まだ電撃の余波で痛んでいる腕にどうにか力を入れ、倒れていた身体を持ち上げる。

 軽くあたりを見回してみると、自分と同じように倒れこんでいた奴隷の姿がちらほらと見えた。

 もしかして、洞窟内にいるすべての奴隷に電流を流したのか?
 ……なにかきな臭いことになってきたかもしれない。
 こんな大々的に動くなんて普通じゃない。

 おそらく、セナも同じ電流を受けたはずだ。
 そして同じ声を聴いて、様子を見るために広場へと向かってる可能性が高い。

 急ごう。

 よろける足で、ささやかなざわめきが聞こえる広場へと向かい始めた。

 

 

「――奴隷諸君!!
 ただいまをもって、リラツヘミナ結晶洞窟の攻略を終了する!!」

 瓦礫の影から顔をのぞかせると、
 広場にぞろぞろと終結していたのは奴隷たちだけではなかった。

 そこには汚れひとつないきれいな服装をした天樹会のメンバーが、十数人も整列していた。

 全員が、魔法道具の武器を持った状態で。

 

「先刻、調査に派遣した我々の同胞から連絡があった!!
『魔法道具の回収、これ以上は見込めず』と!
 よって、我々が駆けつけた次第である!!
 繰り返す、攻略は終了した!!」

「お、終わるのか……?」
「やった……ようやく解放される……!」
「帰れる! 家に帰れるんだ!」

 と、喜びを表し始めた奴隷たち。
 にわかに沸き始める広場の空気。

 セナはどこだ?

 彼女を探そうと目を離し、
 ついに、遠くのほうにその姿を確認した、次の瞬間。

 

 ――自分も含め、その場にいたすべての奴隷が地に伏していた。

 全身を縛り上げるほどの電撃によって。

 

「――なお、諸君らには口封じのために、このまま洞窟内で果ててもらいたい!
 全員、その場を動くことを禁じる!!」

 敵は、そうして、自分たち奴隷がかき集めた魔法道具の矛先を向けてきた。