第四話 セツナ

 ――ギル視点――

 やっぱりキメラだった!

 直接は見れなかったが、こいつが使ったのは『紅蓮の爪』と呼ばれている技とみてまず間違いない。

 自身の爪に灼熱の炎をまとわせて攻撃するキメラの得意技。
 かつてこの技で何人もの熟練狩人が消し炭にされたと聞いている。

 大気に残る熱に、焼け焦げた植物、大地に刻まれた爪痕などを確認すれば素人でもなにが起こったのかは推察できる。

 肉片すら残さないレベルの超火力で魔物の死体を消したようだが、詰めが甘いな。

 やはり、こいつはまだ成熟できてないガキんちょのキメラだ。

 俺はにやける頬をこの小さな獲物から隠すように背けた。

 良い、良い展開だぞ。
 本当の本当に大チャンスじゃないか、これは……!!

 リスクを冒してわざわざこっちから魔物と接触させてやったかいがあった。
 少なくとも、この娘がキメラだと確信できただけでも、大収穫だ。

 ただ……。

 

 ――俺はちらりと後ろを振り返って、「ご飯っ! ご飯っ!」とのんきにスキップしている小さなキメラ娘を視界に収めた。

 

 ……不可解な点もある。

 街で魔物退治を提案したとき、やつは妙に嬉しそうな反応を見せた。

 あまりにも分かりやすすぎて、もしやもう既にほかの魔物と連絡をとる算段がついていたのかと警戒していたが……
 いざ魔物と出くわしてみれば、こいつは俺を支援しようとしていたと思う。
 わざわざ敵の位置を教えたり、戦っている俺を大声で応援したり……

 意味が分からない。

 いったい何のメリットがあって、こいつはあんな行動をとったんだ……?

 

 もちろん、まだガキのふりをしている可能性も残っている。

 戦っていた魔物がやつらにしか分からない言語でなにか話しかけていたし、
 そもそも最後の一体に関しては俺に見えない位置まで移動してから排除していたのだ。

 ……あの一瞬で、隠れていた別の魔物と接触を図ったのか……?

『紅蓮の爪』で燃やされた魔物は、捨て駒に使われたと考えればつじつまは合うが……。

 ……どうも妙だ。

 このキメラのガキの、底が見えない。

 やはりこいつは危険な魔物だ。

 なるべく早いうちに、正体を明かして殺さないと……。

 

「――おやおや、元『アンサングス』の狩人、ギル・リンドウじゃないか」

 そこでハッとして、視線を上げた。

 目の前に立っているのは、金属の鎧姿に、槍を立てた数人の門兵たち。
 その背後には、クォリックを高々と囲む城壁がそびえ立っていた。

 しまった。もうこんなところまで来てたのか。

 まずったな、いつもならこの意地の悪い門兵がいないときを狙って通るはずだったのに。

「……」
「おい、逃げるなよ」

 うつむいたまま足早に去ろうとすると、ピカピカに光る足鎧が視界に入ってきた。

 俺はつばを飲み込みながらゆっくりと顔を上げて、ニヤニヤと笑っているそいつの顔を見上げる。

「――おお、またやっとるな」
「……あの、先輩。これは……?」
「大丈夫だ、新人。
 あいつはあのギル・リンドウだ。
 街に平和をもたらすはずだった狩人三人を見殺しにしたとんでもない野郎だから、少しくらいは……な?」
「な、なるほど……?」

 向こうの方から他の門兵たちの会話が聞こえてきて、俺は心臓が締め付けられた。

 ――『これくらいの罰は仕方ない』と、きっとそう思われてるんだろう。

 こうなるともう止められない。
 俺は唇を結んで、こいつらの気が済むまで耐えることにした。

「……その女の子は、なんだ?」

 びくりと、肩が跳ね上がりそうだった。
 その門兵は俺の背後へと傾けていた首を戻して、鼻で笑いながら言い出した。

「おいおい、狩人さま。
 優秀なお友達だけじゃ飽き足らず、こんな小さな女の子まで危険な目に遭わせるつもりなのか?」
「…………」

 ――ヤレイのところから預かった知り合いの娘だ、とか。
 街の外で迷子になってたから保護した、とか、

 そういう言い訳を思いついたのに、口が動かなかった。

 とにかく、いま連れているのがキメラのガキだと勘づかれるわけにはいかない。
 せっかくの大チャンスなんだ。こんなところで台無しにされてたまるか。

 きっとこの状況じゃ何を言っても動揺を察知されてしまうだろう。
 そうなれば間違いなく悪い方向に傾きそうだったので、俺はさらにうつむいた。

「……なにも言わないってことは、マジなのかよ?
 ハッ、狩人は『負け組』がたどり着く職業だっていうが、ここまでひどいやつがいるとはな。
 仲間を見殺しにしたクソ野郎って噂は本当だったらしい」

 くそ、ほんとうはそうじゃないのに。

 

 

 ――いや、大丈夫。
 これはむしろ好都合、好都合なんだ。

 情けない姿を見せれば、後ろにいるキメラはきっと油断してくれる。
 長い目で見れば、この『何もしない』という選択はきっと有利に働くはずなんだ。

 だから、これはわざとだ。

 わざと、言われるがままにしてやってるんだ……。

 

「……そういえば、借金取りから連絡が来ててな。
 ずいぶん長いこと返済が遅れてるみたいじゃないか。
 金の返せない犯罪者には、その門を通る資格は――」
「待ってくれ。
 今は……その、まだ詳しく説明できないが、街の脅威になりそうなやつを倒す算段がついてきたんだ。
 そいつを倒せばでかい金が手に入る。
 だから……」
「この嘘つきめ」

 門兵のしわの浮かんだ目元が、不愉快そうにゆがめられた。

「本当は嘘なんだろう。
 金が手に入るってのも、
 一年前、キメラの王にハメられて仲間が三人死んだってのも、
 全部、でっちあげなんだろう」

 違う。
 俺は嘘なんかついていない。

「お前の経歴は知ってるぜ、ギル・リンドウ。
 親に捨てられた孤児として生まれ、幼少期は盗みをして食いつなぎ、大きくなってからも仕事を転々としてはクビになっていたそうじゃないか。
『アンサングス』に拾われて以降は狩人になったようだが……しょせん、薄汚い盗っ人野郎だったってことか。
 この街に生まれるべきじゃなかったな」
「……」

 一度でも犯罪者として扱われたなら、キメラ殺しはおろか、狩人を続けることすら難しくなる。

 俺はたまらず拳を握りしめた。

 ……いや、まだだ。
 まだ、最後の策はある。

 ちらりと、後ろに視線を流した。

 ……本当ならもっと入念に準備をしてからやるつもりだったが、仕方ない。

「それじゃ、通行拒否の手続きはこっちでやっとくから……」
「おい、きさま」

 視界のすみから現れた、銀髪の少女。
 無防備にも俺に背を向けて立ったそいつに視線を定めて、腰の剣に手をかける。

 どうせ罪人として扱われるのなら、せめて今すぐこいつを殺して……。

 

「ああ、お嬢ちゃん。
 君は私たちといっしょに来なさい。このおじさんはあまり良くない人だから――」
「ふん!!」
「ぐへぇッ!?」

 どかん、と。

 突然、耳に痛いほどの衝撃音が大地を走った。

 瞬きをした瞬間に殴られていた門兵は大きく吹っ飛んでいて、凹んだ金属鎧の胸部を抑えてひどくせきこんでいた。

 俺は自分の目を疑った。

 気が付けば、小さな拳を振り抜いた体勢のまま獣のごとく息を荒げていたキメラのガキ。
 その背に向かって、俺は攻撃することも忘れて声をかけていた。

「おい!! お前、何して……!?」
「このっ……バカ者め!!」

 口から火を噴きそうな勢いで怒気をあらわにするそいつの気迫に、俺は困惑する。

 いったい何がこのキメラの逆鱗に触れたんだ。

 やつは、唖然としていた門兵二人が顔色を変えて槍を構えたのにもお構いなしに、その小さな口を裂けそうになるくらい開いた。

「こいつがいなかったらお前たちは王さまに殺されていたんだぞ!!」
「げほッ、ごほッ……!
 っ何言ってやがる!? このガキが!!」
「おい、落ち着け!
 ――落ち着け!! セツナ!!」

 倒れこんだ門兵へ追い打ちをかけまいと飛びかかろうとするキメラのガキを、俺は必死で抑えようとした。

 腕の中でじたばたともがくこいつの膂力りょりょくに全身が千切られそうになりながら、耳元に近い位置で張り裂ける子どもの声に顔をしかめる。

「王さまは――セシュヴァラはずるいやつだった!
 ちゃんと魔物を統率して、たった一夜でこの街を滅ぼすことを考えていたのだ!
 名のとおった狩人を四人、全員殺して! その夜のうちに!!
 それをしなかったのは狩人をひとり逃がしたからだ!
 王さまが一番警戒していた狩人を!!
 だからあの日、街には一匹の魔物も現れなかったのだ!」

「いいから落ち着けって……
 え?」

 

 

 

 

 ――力の抜けたオレの腕から、そいつは疲れ果てた様子で降りていく。

 いまだに息を荒げたままの少女が、本来の力を発揮できないはずの人間の姿でよろよろと門兵へ近づいた。

「こいつが生き延びていなければ、きさまはこうして生きてすらいなかったんだぞ!
 このバカ者め!!
 群れを救ったすごいやつなのに……どうして『生まれてこなければよかった』なんて言えるのだ!!」

 そこで俺は、怒気でいっぱいだったはずのそいつの声が、潤んできていることに気が付き始めた。

「どうして……どうして逃げないで戦ってるヤツがいじめられなきゃいけないのだ!!
 見えないところで頑張ってるだけなのに……っ!
 ……どうして、誰も分かってくれないのだ……バカ者……っ!!」

 

 ――そのままやつは、地べたに座り込んで泣き始めた。

 ほんとうの子どもみたいに、声を上げて。

 槍を構えていたはずの門兵も、金属鎧のおかげで命拾いした意地悪野郎も、みんな呆気に取られていた。

 俺は、何と声をかけたらいいのか分からず、気まずそうな門兵と視線を交わしてしばらくその場に立ち尽くした。

 

 

 

 

 ――それから、毒気を抜かれた様子の門兵たちにあっさりと通してもらい、俺は無事に家路につくことができた。

 

 街の城壁の内側に入り、人気の少ない道を選んで歩きながら、俺は横に並んで歩いているそいつにようやく声をかけることができた。

「……お嬢ちゃん」
「わたしはセツナだ。
 セツナって呼べ、ギル」
「……セツナ、さっきのは……」
「なんでもない。
 腹が減ったからイライラしただけだ」

 それきり口を閉ざして、むすっとした様子で足を早めるそいつの背をぼんやりと眺めながら、俺は考えた。

 

 さっきのは、ほんとうの話なんだろうか。
 俺が生き延びたことで、街が救われたって話は……。

 ……感謝を、すべきなのか……。

 こいつのおかげで罪人扱いは免れたが、でも、どうせいつか殺すことになるんだったら、別にそんなことしたって……。

 そもそも、どうして俺を門兵からかばうような真似をしたのかも判然としない。

 だって、こいつは、人間ですらない――

 キメラという、生い立ちも価値観もすべてが別次元のはずの種族だっていうのに……。

 

 ……。

 ……いいや、まだ時間はある。

 もう少しだ。

 もう少しだけ様子を見よう。

 このキメラのガキの正体が見破れる、そのときまで……。

 

 セツナの背を中心に少しだけ広がった視界で歩きながら、俺はひとりそう考えた。