第百三十一話 導き手 前編

「……追放者、とか言ったっけ?
 古文書で読んだことがあるな。
 たしかイストリアでの重罪人に与えられた呼称だ。
 なるほど……お前も異世界人か」

 冷や汗を隠すように、平静を装って呟いたスノスカリフ。
 その言葉に反応してくるりと相手方に向きなおったミラは……すん、すん、と鼻をかぐような仕草を見せた。

「おや……この匂い……。
 ……『半不死の呪い』、か。
 キミも使ったんだね、あの呪われた力を」
「へえ? 分かるのか。
 …………なぜそんな気の毒そうに言うんだ?」

 自分からは見えないが、ミラから向けられた表情になにか憤りを感じたのだろうか。
 スノスカリフが眉をひそめて息を吸い込んだ。

「不老不死だぞ?
 空腹だとか老いだとか、そういう世界の不条理なルールに怯えなくていい……!
 神にも等しい能力だ! お前たちがさんざん享受してきた特権のような!
 答えろ異世界人!
 いったい何が不満だっていうんだ!」
「自由に過ごせるのは最初の十年だけだよ」

 冷たい声色。
 小さな声だったのに、なぜか身体の奥まで伝わるほど、重い。

 そのとても人とは思えない淡々とした一言のあと、
 しかしすぐに彼女は優しく笑った。

「でも、分かるよ。
 魅力的だよね、老いも死にもしないの。
 うっかり手を伸ばしちゃった人のこと、誰も責められない。
 でもね……それは使っちゃダメなんだよ」

 子どもに優しく諭すような口調に不満げに顔をしかめたスノスカリフは、
 いまの言葉が聴こえなかったかのようににやりと頬を吊り上げた。

「ちょうどいいな。
 イストリアの世界を知っているのなら、一緒についてきてもらおうか。
 案内役になってもらおう」

 スノスカリフは、槌を振りかぶる。

 ――それよりも早く、ミラは剣を突き出していた。

 

 一切のタイムラグ無しに周囲に浮かんでいた水の集合体たちが敵へと突進。
 槌の魔法道具を地面へと叩きつけようとしていたスノスカリフは、腕にまとわりついてくる水霊たちをうっとおしく振り払おうとしていた。

(……血が出てない……。
 水の刃にしないで、柔らかいまま扱ってるのか……!)

「ツク!!」
「お任せを!!」

 ツクが持っていた扇をあおいだ瞬間、
 俊敏に揺蕩っていた水の像たちがばちゃりの浅い湖に落ちる。

『能力無効化』の能力。

 妨害の解けたスノスカリフがもう一度、槌を叩きつけようとし――

 しかしその時にはもう、ミラが肉薄して剣を凪いでいた。

「……ッ……!?」

「――ラ、ラ……ラ~ラ……♪」

 それは、とても見覚えのある回転切りの連続だった。

 デューイや自分が使う技とは、しかし明らかに異なっている、
 踊りのような美しい剣舞……。

 第三者視点からでもつい見惚れてしまうほどの、
 群青色の軌跡が円を描いて反射する。

 耳に届いてくる歌声は戦いの最中だとは思えないような切なさを含んでおり、いまこの瞬間の敵と味方という対立状態すらも忘れさせるほどだった。

 スノスカリフは槌を地面に叩きつける動作そのものを封じ込められ、
 援護を試みるツクすらも誤射を恐れて立ち止まる。

 そんな、意味の分からない状況を、ミラは歌い踊りながら一人で作り上げていた。

 

「……きれいな踊り……」

 ふと、倒れていたセナのつぶやきが向こうに届いたのだろうか。

 ぼんやりとした青い瞳で舞っていたミラが、わずかにほほ笑んでこちらに戻ってきた。

「……キミ、ちょっと手、貸してもらえるかい?」
「ふぇっ!?」
「彼が首元にぶら下げてるカギ、見えるよね?」

 ミラが指さしたのは、復活した水霊と格闘しているスノスカリフ。
 自分の目では見えないが、半獣人の視力を有するセナは困惑しながらも確かに頷いた。

「あれ、かすめ取ってくれるかい?
 それであの舟を動かして、ここからみんなを脱出させるんだ」
「で、でもわたし、まだ身体が……」
「もう立てるはずさ。
 キミから感じる熱は生命力が強い人特有のものだから」

 確信したように話すミラ。

 レジアムの槌の衝撃で倒れこんでいたセナが半信半疑で腕に力を入れると、ミラの言ったとおり、不安定ながらもしっかりと立ち上がることに成功していた。

 

「——その女性が倒せないなら、弱っている相手から倒すのが得策です……!」

 と、小杖をかかげた序列二位のツクの足元から、金属製の槍が飛び出してくる。

 瞬きする間もなくまっすぐに突っ込んでくる凶悪な穂先の束。

 ――それらを強引に切り落としたのは、赤髪の少女だった。

 まるで病人のような顔色の悪さで立ち上がっていたエフィールが、血まみれの杭をぼちゃりと落としながら大弓を構え始める。

「はぁ……はぁ……」
「……キミは強い女の子だね。
 ……ボクにも、キミみたいな心の強さがあったらな……」

 

 ……自分も倒れたままではいられないと、だるいほど重い音叉剣を自分の身体に突き刺し、激痛と引き換えに強引に回復。

 エフィールの隣に立ち並び、青髪の追放者に目くばせした。

「よし、後ろの人たちは任せたよ。
 ……行こうか、ウサ耳のかわいらしいお嬢さん」
「は、はい……!」

 そして、青髪の追放者は半獣人の少女を連れて敵に近づいて行った。

「……なんだか楽しそうな顔だね。
 キミ、戦うのが好きなのかい?」
「は、はい!
 身体動かすのも、好きなので……!」
「そう。
 じゃ、ちょっとだけ教えてあげようか」

 そう言ってミラは、あの美しい踊りを踊りながら、ゆったりとした動作で教鞭をとり始めた。

 離れたあとは何を話しているのか聞こえなかったが、スノスカリフと戦うあの二人の姿に、俺は以前デューイから剣の稽古をつけてもらったときのあの姿を垣間見た気がした。