第百二十四話 意外な伸びしろ

 天樹会傘下の決闘者たちは、戦いを宣言するや否やすぐに襲い掛かってきた。

 転んだ勢いで団子みたいに絡まっていた自分たちだったが、デューイが強引に蹴っ飛ばしてくれたおかげで距離を取ることに成功。

 すぐに体勢を立て直して敵と向かい合う。

「……動けないところに攻撃してくるなんて。
 もう最初から『決闘』として機能してないじゃないか。
 さっきの宣言は形だけなの?」
「うるさい!
 早く結果を出さないといけないんだ……!
 ズルなんて他の決闘者たちもやってる! 今さら気にしてられるか!」

 と、相手は槍を構えて突進してきた……ものの、
 何てことはなかった。

 今までの相手に比べたらまるで怖くない。

 繰り出された突きを音叉剣であっさりいなして、返す刀で首元に当ててそれで終わりだった。

「うっ……」
「――おい! 誰かひとりは離脱しろ!!
 元序列持ちの奴隷が脱走してると伝えるんだ!」
「あっ、やべっ」

 風をまとって追いかけようとしたが、それより先にセナの情けない声が聞こえてきた。

「ひいいいぃぃ!!」
「おい逃げるな!
 ――くそ、なんでこんな速えんだ!?」

 ……あっちに加勢したほうがよさそうだ。

 パニックのせいか風の短剣を使いこなせていない様子だが、
 それでもセナの俊敏さは相当なものである。
 その彼女に食らいついているあの決闘者はこの中では手練れのほうだと見えた。

 先ほど指示を出してたやつはデューイがすでに切り伏せていたので問題なし。
 ひとり逃がしてしまったのは痛手だが、あとに残っているのはセナを追いかけてる決闘者の男だけだ。

「セナ! こっち来れる!?」
「スロウさん! ごめんなさいどうにかしてください!」
「――させるか!!」

 敵が――半獣人にはあまり似合わない刺突剣レイピアの魔法道具を光らせた途端、セナたちを取り囲むようにドーム状のバリアが出現。
 その範囲内に援護として生み出そうとした土杭が完全に無効化されたことに気が付くのに、そう長くはかからなかった。

「うわ、なんだこれ……!」
「どけスロウ! オレが斬る!」

 背後から自分を押しのけて現れたデューイが、あらゆる物質を断ち切ることのできる剣を振り下ろす。

 が、しかし。

「――!」

 霞みがかった、雲のようなもやがデューイの断切剣に絡みついてその刃をはじき返した。
 セナたちを閉じ込めているドーム状のバリアは、固体でも液体でもない『気体』で構成されているようだった。

「――ダメだ、斬れねえ!!」
「くそ……!」
「『強制的に一対一を生み出す』能力さ!
 まずはこの娘に勝って、奪った魔法道具でひとりずつ倒してやる!」

 まずい、このままじゃ一方的にやられるだけだ!

「セナ! こっちからじゃ手が出せない!
 セナが戦って勝たないとダメだ!!」
「無理ですよぉ!? あっちは武器を持ってるんですよ!?」
「嬢ちゃんも短剣持ってるだろうが!!」
「人を刺すなんてできるわけないじゃないですか!!」

 霞みがかったドームの内側で必死に逃げ回る彼女をひたすら勇気づけようとしたが、やがてセナは気体でできたドームの壁際に追い詰められていく。

 そんな彼女に向かって、敵決闘者が刺突剣による猛烈な突きを繰り出し始めた。

「危ねえ!!」
「――いや避けれてる避けれてる!!」
「嘘だろ!?
 動体視力どうなってんだよ!?」

 いくつもの残像が見えるほど速い刺突攻撃なのに、それを上回るスピードで彼女は回避していた。
 偶然かと思ったが、体軸の傾け方があまりにも正確すぎる。
 第三者視点から見ても、セナが連続突きのひとつひとつをすべて目視して避けきっていることは明確だった。

 両者ともに余裕がないのか、一言も発することなく刺突剣のしなる音だけがドームの内側で響いていた。

「嬢ちゃん、そいつを殴れ!
 体当たりでもなんでもいいから攻撃しろ!」
「風まとって!! 風出せばこの空気のバリア抜けれるかも!」
「いつまでも避けてんな隙見てそいつぶっ殺しちまえ!!」

 自分たち外野からの野次に近しい叫び声と、いまだに途切れない連続突きに、ついに彼女の情報処理能力が限界を迎えてしまったのだろうか。

「ひ、ひいいいぃぃ!」

 追い詰められたセナがおもむろに繰り出した上段回し蹴りが、相手の首元を直撃。
 一瞬だけ丸太のように硬直した敵決闘者が、地面に倒れるのと同時に、二人を閉じ込めていた気体のバリアが消失した。

 

「――あ、あれ……?」
「いやあいい試合だった! 最後のは強烈だったな!」
「……デューイ、ぜったい途中から楽しんでただろ……」

 呆けた顔でデューイに肩を叩かれているセナだったが、見たところどこかに怪我をしている様子はない。

 さっきは彼女が串刺しにされるんじゃないかと随分ヒヤヒヤしたものの、運よく杞憂きゆうに終わってくれた。

 もうこういうことはさせられない。
 今後戦いの場面に出くわしたら、彼女には後ろのほうで隠れていてもらおう……。

「……早くセナの故郷に向かおう。
 さっきひとり逃がしちゃったし、俺たちのこと気づかれるのも時間の問題かも」
「へいへい。
 いやあそれにしても、素晴らしい余興だった」
「こら」
「…………」
「セナ? 大丈夫?」
「あ、は、はい。
 行きましょうか……」

 ……?

 彼女の様子にすこし違和感を感じたが、この時は特に気にするでもなく目的地に向かおうとした。

 ――そしてこの違和感は、徐々に正しいものだったのだと自分は思い知ることになる。

 

 

「お前たちが脱走した奴隷だな!
 私はセレナーデ! お前たちに決闘を申し込む!」
「また見つかった……!
 セナ、後ろに……」
「スロウさんたちに頼ってばかりじゃいられません私がやります!」

 なぜかいきなり早口になって飛び出したセナのことを慌てて引き止めようとしたが、時すでに遅し。

 すでに決闘を始めてしまった彼女は、先ほどと同様に敵の攻撃を紙一重でかわし続ける危ない戦い方をしている。

「見てられない……!
 セナ! いま助け、に……?」

 その時、ふっと自分は足を止めてしまった。

「おーしこっちは片づけたぞ~。
 ……? おいどうしたんだよスロウ」
「い、いや、なんか……」

 

 俺はセナのことを指さした。

「なんか、セナ、笑ってない……?」

「……あ―……
 ありゃあ……たぶん、楽しんでんな……」
「……何を……?」
「決闘……?」

 頭のなかがハテナマークでいっぱいになった。

 え、だって、記憶を失う前のセナって。
 決闘とか競争とかそういうの、嫌ってたんじゃ……?

 

 やがて、今度は風を付与してより素早く立ち回っていたセナが、華麗な飛び蹴りを加えて決闘に勝利。

 興奮したように頬を紅潮させながら戻ってきたかと思うと、「早く次に行きましょう!」と目をキラキラさせていた。

 

 ……セナの故郷に近づくにつれて天樹会の手の者は増えていった。

 結果、敵に見つかることは多くなり、必然的に戦闘に発展することも増え。

 そしてセナは、なぜかめきめきと強くなっていった。