「あははは!! すごい、そんな避け方もあるんですね!」
セナからの攻撃をわずかな体さばきだけで避けた相手決闘者が、冷や汗をかきながら反撃を繰り出す。
しかしセナがそれを、つい今しがた見たばかりの体さばきを真似して回避。
カウンターの一撃で相手を沈めた。
「さあ、どんどん行きますよ!」
何度目になるか分からない天樹会の決闘者との遭遇戦……。
今回もまた、勝手に飛び出していったセナによって自分たちの出番はなくなっていた。
なぜか勝負を重ねるたびに技術を吸収していく彼女に末恐ろしいものを感じる。
「おかしい……何がどうなってるんだ……?」
「さあな。あれも本来の嬢ちゃんだったってことだろ。
なにかひとつに夢中になるのは前も同じだったろ」
「確かにそうだけど……」
いまいち納得いかないまま、彼女の変貌ぶりに対する理由を考える。
はっきりとは分からないけど……もしかしてあれだろうか。
『重荷』がなくなったからあんなに軽やかに動けるんだろうか。
前のセナはたぶん、いろんなものを背負いすぎてた。
同じ兎人族のこととか、空を飛ぶ舟のこととか、そういうのを守るために自分を犠牲にして毎日の戦いに耐えていたとして……。
その縛りが今の彼女にはない。
だから、後先考えずに突っ走れるのではないか……。
そう考えるとちょっと納得できるような気がする、かもしれない。
攻撃をギリギリで避けてカウンターを狙う戦い方は見ていて心臓に悪いのでやめてほしいものだが……。
「まあ、強くなる分にはいいことか」
自分の身は自分で守れるに越したことはない。
むしろ、今のうちに経験を積ませてあげたほうがいいだろう。
「——そこに誰か隠れてますね!?
さあ、いざ尋常に勝負ですっ!!」
と、またもや彼女が突っ走っていく。
距離的にはけっこう来たはずだし、そろそろセナの故郷も近いはず……と
この後のことを考えながら何気なく相手決闘者の姿を見やった時だった。
俺はハッとした。
「――セナッ!!
そいつ決闘者じゃないッ!!!!」
直後、華奢な彼女の体躯が、そいつに吹き飛ばされて宙を舞った。
即座に風を発生させてセナを無事に着陸させ、自分も風をまとって相手に接近。
身体に染みついた回転切りの動作で敵の首を落とした。
「——セナ! 大丈夫!?」
「……いたた……」
急いで近寄ると、どうやらとっさに腕を挟んで防御していたようだった。
両腕の一部が赤くなっているが、大した怪我ではない。ほっと胸をなでおろした。
「ずいぶんサマになってた回転切りだったな、スロウ。
剣を教えた身としてはうれしい限りだぜ」
「それはどうも、デューイ。
それより……」
俺たちは、急に現れた敵の姿をもう一度視界に収めた。
トカゲのような細い胴体と、それを支える三角盾のような四本足。
胴体と同じくらい、細い尾。
そして、どこを見ているのか分からない、黒々とした不気味な瞳……。
「こいつ……『異形の魔物』だ」
「うわあ、こんな生き物がいるんですねえ……。
結晶に触れたときの夢では見えませんでしたけど……」
「一体だけじゃねえぞ。背後からも飛び掛かってきやがった」
と、デューイが指し示した方には、真っ二つになって地面に転がっている異形の存在があった。
見えないところでデューイも倒してくれていたらしい。
「……なんでこんなところに……?」
「べつに、セトゥムナ連合にいてもおかしくないんじゃねえの?
水の太陽は世界各地を飛び回ってる。
零れ落ちた『異形の魔物』がここいらをさまよってても不思議じゃねえだろ」
「……でも、見て。
まだ体表が湿ってる。
こいつら……水の太陽から分離されてまだそんなに経ってないんじゃないの?」
もちろん、異形の魔物の詳しい生態とかは知らないが……
こいつらの体表からわずかに浮かび上がっていく水滴は、明らかに水の太陽の重力魔法の影響を受けているものだ。
「水の太陽がこの国に来てる……?」
「おいおい……また転移魔法に誰かが巻き込まれんのはカンベンだぜ」
同意である。
また砂漠の大陸とかに転移させられたらたまったもんじゃない。
そうでなくても、水の太陽の脅威は個人ではどうやっても対処できない類のものだ。
数千や数万といった規模で落ちてくる異形の魔物に襲われ続ける絶望感は筆舌に尽くしがたかった。
……まあ、必殺技を使えばどうにかできないことはないかもしれないけど……。
「うーん、これは倒すのに苦労しそうですねぇ……」
「なんでそんなこと考えてるの……」
ふと、しゃがみこんで魔物の死骸をつんつんつついているセナに視線が移った。
「こいつらは決闘者と違って言葉が通じないんだよ?
奴隷にされるされないとか関係ない。ほんとうに命を奪いにくる。
少なくともひとりで倒しに行くなんてことはやめてよ?」
「えー……」
「えーじゃない!
セナは怖くないの!?」
なんか急に子どもに説教してる親みたいな言葉遣いになってしまった。
いったい自分はなにをやっているんだと思っていると、彼女本人からのとつぜんの抵抗を受けた。
「怖いのは怖いですけど、それも含めて楽しいじゃないですか!?」
「意味が分からない! 何が楽しいのさ!?」
「できないことができるようになっていくんですよ!!
今まで『怖い』としか思えなかったものを平気になろうとして何が悪いんですか!?」
思わずたじろいでしまった。
すぐに言い返す言葉を見つけることができず、でも危険じゃないかなんて反論を思いついたりもしたが結果的にこちらが折れることになった。ややあってから「ごめん」とつぶやくと、セナは「わかってくれればいいんですっ!」とすたすた歩いて行ってしまった。
「はぁー……なんか喧嘩してばっかりだ……」
「そういうぶつかり合いができるだけ恵まれてるさ。
オレのクソ親父みてえに相手とまともに取り合わないやつだっているんだからな」
「そうだな……ん?」
そこでふと、先に歩いて行ったはずのセナが踵を返して戻ってきていることに気が付いた。
「あの……今までとちょっと違う人たちがいるんですけど……
あれって天樹会? の人たちでしたっけ……?」
若干気まずそうな顔のまま潜めた声で伝えてきた彼女。
その指さす方向に忍び寄ると、草やぶの向こうで集団が留まっているのがたしかに確認できた。
「——報告します! 兎人族の集落への攻撃は、失敗しました……」
「またか!? これで四度目だぞ!?」
「も、申し訳ありません!」
「いったい何が障害となっているのだ!?
向こうには決闘者となれるような戦力はいないはずだろう!?」
「そ、それが……謎の弓使いがあの集落を守っているようで、
並みの奴隷や決闘者では歯が立たないと……」
「弓使い!? そんな話聞いてないぞ!
なぜもっと早く言わなかった、このバカ者!」
この大森林ではずいぶんと悪目立ちのする豪華な椅子に座った男が、部下らしき半獣人に罵声を浴びせている……。
セナが予想したとおり、天樹会の連中だろう。
やっぱりもうセナの故郷までは近づいていたみたいだ。
「(……スロウ。弓使いってのはあのエーデルハイドの魔人のことだよな?)」
「(……ああ、たぶんそうだと思う」」
「(……連中の話しぶりからするに、ほんとうに味方になったみてえだな……)」
「(だからそうだって言っただろ)」
「(しっ、また話し始めるみたいです……)」
「——そうだ、貴様。
北西から近づいてきているっていう『異形の魔物』の大群の件はどうした?」
「そ、それは……兎人族の集落に全兵力を向かわせろとのご指示でしたので……魔物に対しては、とくには……」
「ええい! いいからそっちもどうにかしろ!
わたしは嫌だぞ、魔物と出くわすのは!」
「しかし戦力が……!」
「それをどうにかするのが貴様の役目だろうが!!
まったく……このまま兵糧攻めで勝つなんてつまらんだろう!?
もっとちゃんと指揮しろ!
だいたい貴様は――」
かわいそうに。
歯を食いしばって理不尽に耐えている彼には同情を禁じえない。
もし戦うことがあったら彼だけは手加減してあげてもいいかもしれない。
……と思っていたら、ようやく解放されたのか、こっちの近くまでとぼとぼと歩いてきた。
どうやら同僚らしき半獣人が近くにいたらしく、二人でにじり寄って小声で話し始めるのが聞こえた。
「……災難だったな」
「ああ、ほんとだよ」
「あんな反論なんかよしとけって。
手抜いたほうが金とか資源とか長くもらえるんだから。
例の弓使いヤローはけっこう強いらしいし、
そいつに責任ふっかけてもうちょいサボってようぜ」
「ああ……そうだな、真面目にやってんのがバカバカしいわ」
「こっちで使ってる奴隷とか決闘者たちもさ、ありえないくらい士気低いよ。
最近は逃げ出すやつらが多すぎて『服従の手枷』が機能しないくらいさ」
「マジかよ、量産型の魔法道具でも能力に限界ってあったのか……」
「もう少しこの組織の蜜吸ったら、いいところで逃げ出そうぜ」
「ああ、そのほうがいいかもな……考えとくよ」
「(——もう少し様子を見よう。
もっと情報が手に入るかも)」
首を後ろに回して、二人に小声でささやいた。
目下の課題は、セナの故郷までどうやって無事にたどり着けるか、である。
会話から察するに天樹会はフラントールの里を包囲しているのだろうし、
せっかくだったらどのあたりにどれくらいの戦力がいるのか知っておきたい。
さらに付け加えるなら、自分たちで包囲を崩せる箇所を把握できればなおのこと良い。後々のことがたぶん楽になる。
「(ええっ!? いま戦わないんですか!?
こんなに数少ないんですよ!?)」
「(相手は天樹会の一員だよ!?
しかも見るからに偉そうな立場のやつ!
ぜったい理不尽なレベルの魔法道具持って――……)」
「(おい待て、静かにしろお前ら。
誰かこっちに近づいてきてるぜ)」
「……妙だな、部外者のにおいがするぞ」
茂みの向こうで周囲を探っていたのは、細身の半獣人。
さっき話してた二人組とも、天樹会の偉そうな会員とも違って動きやすそうな服装に、モーニングスターの魔法道具を腰に差している。
そんな男が、派手な装飾に埋もれた天樹会員から視線を向けられていた。
「どうした、『影のイドラ』?」
「いえ……我が主よ、近くに敵が潜んでいるかもしれません。
――我が宿敵の『疾風』のにおいがします」
「なに!?」
「(……疾風って、もしかしてセナのこと?)」
「(えっ、わたしですか?)」
「(前にセナが序列持ちだったときにそういう肩書で呼ばれてたんだよ)」
「(あんな人、わたしは知りませんよ)」
「(まあ、記憶なくす前の話だしね……。
……人違いだったらいいんだけど……)」
「まったく面倒な……。
――ああ、そうだ、良いことを思いついたぞ。
うまくすれば、潜んでいる小虫も、フラントールの里の問題も、両方解決するかもしれん」
「……その杖は……。
ああ、なるほど。そういうことですね」
「そういうことだ」
なんだ、なにをするつもりだ。
茂みからはみ出さないように顔を突き出して注視してみたが天樹会の男は、
二対の杖の、片方だけを地面に突き立てたまま動かない……。
魔法道具なのは明らかだが、なんの能力だ……?
「(……おいスロウ。なんかヤバい気がするぞ)」
「(わ、わたしもです……!)」
「(ちょっと待って二人とも。
あの魔法道具の能力を知りたい……。
もしかしたら音叉剣で使える能力かも……)」
仮に再現できない能力だったとしても、今後の対策を考える材料にはなる。
焦りをにじませる二人を静止してその場にとどまり続けた結果……
自分が判断ミスを犯したことに気が付いた。
背後から徐々に聞こえてきたのは、『人ならざる者たち』の大量の足音……。
かさかさと恐怖心を煽り立てるような音の波が、深い森の奥から、徐々に徐々に近づいてくる……。
「こ、これは……!」
「まずい……逃げるぞ!!」
――やがて、大森林の草葉の影から姿を現したのは、大量の魔物たち。
そのトカゲのような細い体躯の全個体が、自分たちに迫ってきていた。
止むにやまれず臨戦態勢を整えると、異形の魔物たちとは正反対の方向から高らかな声が届いてくる。
「ははは! 計画通りだ!! 邪魔者が姿を現したぞ!!
これであの三人組を始末させて、それからフラントールの里も襲わせれば面倒ごとはすべて片付く!!
配下の奴隷どもに被害はでるだろうが、どうせ替えはいくらでもきく!!
完璧な作戦だ!!」
「……我が主よ、もう片方の杖を離さぬように。
天から吊り下げられたその防御壁の内側にいれば安全です。
わたしは例の『疾風』を狙います……!」
――直後、背後からいきなり詰めてきた敵決闘者が、セナに向かって鎖突きの鉄球を投げつけてきた。
「ようやく見つけたぞ『疾風』……!
かつての決闘の雪辱、ここで晴らさせてもらうぞ……!!」
「そんなの知りません! 何ですか雪辱って!?」
「くっ、援護を……!」
「ダメだスロウ!!
魔物の数が多すぎる!!
あいつは嬢ちゃんに任せて、オレら二人で魔物どもを捌くぞ!!」