「まったく、ひどい有様だ」
スロウとデューイが出て行ってからすぐ後のこと、
スクルナ村の人々は、少しでも気分を良くしようと酒場で酒を飲んでいた。
乱闘があったために酒場の中は混沌としており、こぼれた酒や汚れたテーブルがところどころに散らかっていた。
その中で無事だったテーブルを囲み、外の雨音を聞きながらみんなして静かに飲んだくれていた。
「……きっと今頃、あのよそ者二人は雨に濡れていることだろうさ。
いい気味だよ」
「……そうっすね」
「どうした、お前は腹が立たないのか?」
「いや、そりゃあ、オレだってむかつきましたけど。
でもあいつらの言ってることって、結構正論だったじゃないすか」
「……そうだなぁ」
村長は、頭を抑えて深くため息をつく。
「はぁ、ひょっとしたら私も、調子に乗りすぎたかもな。
村の長になって、頑張っていたつもりだったが、結局こんなことになってしまった。
これからは外の人間も受け入れるべきかもな」
しかし時間は過ぎる。
来るべき冬に備えて、行動しなければならない。
「そろそろお開きにしようか。明日からまた忙しくなるぞ」
鶴の一声で村人たちは重い腰を上げ、壁に掛けていたランタンを取る。
あくびをしながら外の扉を開け放った瞬間に凄まじい雨の轟音がなだれ込んできた。
漆黒の闇が眼前に広がる中、無数の雨粒が風にあおられ、波打つようにきらめいている。
「ずいぶん強い雨だな、雷まで鳴ってら。
こんな平原で降ること自体珍しいのに」
「これじゃあ帰るまでに濡れるぞ」
あたりは真っ暗で何も見えない。
村人たちはいかに身体を濡らさずに走るか、考えあぐねていた、
その時。
……オオオオォォォォォォォ……
どこか遠くから、咆哮が聞こえた。
その音を聞いて、村人たちは凍り付いた。
その音が、今まで一度も聞いたことのないほど不気味なものだったから。
だけではない。
問題なのは、音がどこから聞こえてきたか。
村人たちは上を見上げる。
はるか頭上の、天空を。
その時、まるで待っていたかのように雷鳴が鳴り響き、世界を白く点滅させた。
永遠にも感じられるような一瞬の雷光の隙間に、
村人たちは見た。
分厚く膨張したどす黒い雷雲を地平線の果てまで巻き込んで回転する、星のような半球、いや、水球だ。
雲に覆われて下半分しか視認できないその水面には、幾千もの白く砕けた荒波が、静止しているかのように見えるほどの質量でもって衝突と発生を繰り返していた。
大地を監視する巨大な眼にも見える水球の奥深くには、刃のような巨大なヒレの影がのぞいている。
一度も目にしたことがなかったはずのその魔物の名は、この世界の人間ならば誰もが知っていた。
「――水の太陽だ!!」
およそ二十年前に現れ、国をひとつ滅ぼした最悪の魔物が平原を覆い尽くしていた。