ここはごくごく普通で平和なミスフェルの村。
この村で生まれ育って九年のリリーは、退屈していた。
日が昇り始めた午前中、こうして村の中を散歩しているが、既に知っている道、知っている家ばかり。
もっと新しいものと関わりたいと思うことは、子どものリリーには当然のことだろう。
そこで彼女は、村の外を歩いてみることにした。
このあたりは平原で見通しがいいし、何かあったらすぐに戻ればいい。
知り合いに見られないように気をつけながら、村をぐるりと囲むように設置された木製の柵をくぐり抜ける。九歳の小さな体なら柵の合間は簡単に突破できた。
原っぱに立ち、サクサクと土草を踏みながら歩き出す。
空は快晴で、穏やかな風が大地を撫でるように通り抜けていく。
背後からは人々が活動している音が聞こえてくるが、原っぱを進むにつれてその音は遠ざかる。
リリーはわくわくしていた。
ここからはもう自分の知らない世界だ。
この先には一体何があるのだろう?
そうしてしばらく穏やかな平原を歩いていたとき、リリーの思いに答えるかのように、事件は起こった。
「腹……減った……」
大柄な男と、金髪の青年の二人が、リリーの目の前で倒れていた。
二人はまるで助けを求めるかのように、リリーの方へ手を伸ばす。
「ママ―! 大変!!」
こうしてこの平和な村に、二人の客人がやってきたのだった。
「行き倒れるのこれで二度目じゃないかデューイ!
無計画にもほどがあるだろ!?」
「オレ様は過去は振り返らねえ」
改めてデューイの無鉄砲さにあきれるスロウ。
スクルナで問題を起こしたとはいえ、もう少し先を考えて食料をとっておいてくれたらどんなに良かったことか。
スロウは愚痴をこぼしながら、目の前に出された食事を口に運ぶ。
食べているのはふかふかのパンや野うさぎのシチュー、豆のスープなどなど。
冬が近いにも関わらずたくさんの食事を用意できるところを見ると、この村は十分な蓄えがあるのだろうか。
スクルナの村を出て三日。
スロウとデューイは平原を抜けてひたすら西へと歩き、このミスフェルの村へたどり着いた。
勢いのままにスクルナを飛び出した二人だったが、そもそもろくに食料を補給しない状態だったのだ。
この数日間、腹を抑えながら必死になって歩いたのは想像にかたくない。
どうにか目的の村だったこのミスフェルまでたどり着き、現在はそこの村長の家でお世話になっていたのだった。
「まあ、結果オーライだ。こうして飯にありつけたんだし、良かっただろ?」
「そうだな、おかげさまで死ぬところだったよ」
「はっはっは、食事は楽しんでいただけているようですな」
奥から顔をのぞかせてきたのは、このミスフェルの村長だというハリウさんと、村の子どもたちだ。
彼はどこぞの若村長と違い、とても柔らかい物腰の老人で俺たちのことも歓迎してくれるいい人だ。
「悪いな、村長さんよ。世話になっちまって」
「いえいえ、ここは旅の方がたくさん来ますから」
そう言って老人特有のやわらかい笑みを浮かべるハリウ。
ここの人たちはみんな優しい。かつて自分が住んでいたところとは大違いだ。
涙が出そうになる。
「ねーねー、おじさんたちどこから来たの?」
下の方から声が聞こえる。
ハリウの影に隠れるように入ってきた子どもたちのうちの一人、たった今質問を投げかけてきたのがリリーと呼ばれる女の子だ。自分たちが行き倒れていたところを見つけてくれたのは彼女だったらしい。
「俺たちはスクルナってところから来たんだ」
「すくるなー?」
「そうそう」
「スロウ、よくそんなガキどもの相手ができるな」
デューイの冷やかしは無視した。
「そう、東の……えーと、お日さまの出てくる方向から来たんだよ」
「そうなんだー!」
「ねーねー、ミスフェルを案内してあげる! お祈りの場所も教えてあげる!」
子どもたちから引っ張られ、席を立つ。
もう食事はいいのですかな、とハリウに言われ、ごちそうさまですと答えた。
「じゃあまた後で、デューイ」
「へーへー、さっさと行ってこい」
適当なしぐさで手を振るデューイに背を向けて、外に出た。
ハリウと一緒に残されたデューイは、とりあえず残った食事を完食する。
「デューイさんも案内を受けなくてよろしいのですかな?
何もない村ですが、教会は他のところに見劣りしないほど立派なものですよ」
「教会ね……」
どこか遠い目をするデューイは、うつむいて小さくつぶやいた。
「レオス教なんてろくでもねえのに」
その言葉はハリウには聞こえなかったらしく、彼は首をかしげた。
デューイはごちそうさん、と席と立ち、さっきのつぶやきは無かったことにしてハリウに今晩泊まれる場所について質問した。