「ここがリリーの家で、こっちがコルの家! それでねー」
「はあ……はあ……ちょっと……待って……」
子どもたちによるミスフェルの案内が始まってから、数時間が経った。
この小さい体でなぜこんなに動けるのだろうか?
子どもの体力って恐ろしい。
スロウは腰に手をあてて深呼吸する。
ここミスフェルは平原の村ではあるが、スクルナと違って遠くの方に森や林が見えたり、旅人や行商人が通るのであろう、黄色く剥がれた道が外に向かって伸びている土地だった。
自分やデューイのことを歓迎してくれた時も慣れているような印象があったことから、きっと村全体で外との交流があるに違いない。それも頻繁に。
案内中は子どもたちの赴くままに、こっちはコルの家、そこを右に曲がるとみんなの遊び場になる木があって、そこからまっすぐ行くと家畜小屋があって……、というように振り回され、結果的に村の周辺状況をみっちり叩き込まれることになった。
しかもそれだけでなく、家の中まで案内されたり、遊びに付き合って走り回ったりしたおかげで疲労感が半端じゃない。
「ごめん、休ませて……」
「えー、教会までもうすぐだよ?」
「分かった……そこまで頑張ろうか」
「はーい」
とてとてと小走りに進む少年少女たち。その足取りに疲労は一切感じられない。
スロウは、もっと身体鍛えよう、と決意した。
「ここが教会だよ」
外側をぐるぐる回るように歩いた後に、村の中心部までやってきた。
その聖堂は他の建物と比べても十分に大きく、ひと際大きい存在感を放っている。
シンプルな装飾の施された鉄輪を引いて、扉を開ける。
ギギギと重そうな音をきしませ、内部からろうそくの匂いがただよってきた。
「へえ、中は広いな」
八つの長い椅子が正面に向かって並び、その最奥の檀上に二つの像が祭られている。
真ん中の像は男を模しているようだが、その右は翼を持った女性の像だ。
「真ん中の人がレオスの神さまで、その右の人が天使さまだよ」
「天使……?」
「知らないのー?
天使エレノア・ルクレールさま!」
「私たちここでお祈りするの!」
改めて右側の像を見る。
翼の生えた二十代の若い女性を模したその像は、当然ながらピクリとも動かず、静かにたたずんでいる。
ルクレール……天使……。
確か、スクルナにいた頃にも聞いた単語だった気がする。レオス教、だったか。
あの閉鎖的なスクルナ村にさえ浸透していた宗教なら、きっと広く知られているものなのだろう。
懐かしさを感じるような名前だ。
ひょっとしたら、記憶を失う前の俺はレオス教を信仰していたのかもしれない。
「ねーねーこの変な剣、どこで見つけたのー?」
と、子どもたちが興味を示したのは、スロウの腰につけている魔法の剣だ。
切れ味はないし、鞘をつける必要もないためむき出しのままベルトに固定していた。
「ああ、この剣? これは俺がスクルナにいたころに……」
大した話ではない。
この音を鳴らす剣はデューイと出会う前から持っていて、護身用にいつも持ち歩いてて。
その前は――。
「あれ」
スロウは当然のことを話そうとして、言葉に詰まる。
当たり前のように持っていた剣についての情報が、出てこない。
そうだ。
いつも自然とそばにあったから、考えたことも無かった。
「俺、いつからこの剣を持っていたんだ?」
不思議そうな顔をする子どもたち。
「大変だ! 魔物がいるぞ!」
その直後に、村人の叫び声が聞こえた。