「よう、怠けてないでお前も手伝ったらどうだ、スロウ」
「足の傷が見えないのか、デューイ?」
座れる場所で村の様子を眺めていると、力仕事に従事していたデューイが戻ってきた。
顔に泥の汚れがついている。
スロウは座ったままで、包帯に巻かれた足を見せつけてやった。
デューイは苦笑して隣に立つ。
水の太陽の襲撃から一日が明けた。
ミスフェルには、残念ながらもう住めないらしい。
この場所は水の太陽に『汚染』されてしまったから、少し離れたところに新しく村を作るのだという。
今はそのために家を解体して、建築資材の回収作業をやっているらしい。使えそうなものは平原のど真ん中に並べて、乾燥させてから使うとか。
時間はかかるだろうが、どうにかやっていくとはハリウの言葉だ。
昨日の戦いで多少のケガ人は出たものの、幸い誰も死なずに済んだ。
結果的に彼らの故郷は残せなかったことになるが、死者が出なかったことは喜んでもいいだろう。
デューイが、「おっ」と何かに反応する。
視線の方を見てみると、今度はフードの女性が大きな弓を持って戻ってきた。
「村の周辺を見てきたわ。残っていた魔物はもう倒した。
もう安全のはずよ」
デューイは目を見開いた。
「何だ、女だったのか。
途中から援軍が来ていたとは知っていたが……。
いいね、強い女は嫌いじゃない」
「……どうも」
その少女はフードの端をつかんでさらに目深に被った。顔まではよく見えなかったが、フードの影に赤い髪がちらついていたような気がした。
彼女がスロウよりも背の小さい少女だということに気が付いたのは昨日のことだ。
きっと年齢も自分と同じくらいだろう。
最初はスロウも信じられなかった。魔法道具を使っているとはいえ、自分と年端もいかないような少女が魔物を殲滅したなんて。
「とにかく、良かった、全員無事で。
あの水の太陽と遭遇して生き残ってるなんて、ひょっとしたら俺たち、すごいんじゃ……」
何せ、国を滅ぼしたような魔物相手に、自分たちは一つの村を守り切ったのだ。
自信がつかない方がおかしい。
旅を始めて間もない時の出来事だったが、少なくとも自分にはそれなりの能力とか、才能のようなものがあるのでは……?
拳を握りしめ、ふつふつと湧き上がる万能感を感じるスロウだったが、直後に現実を叩きつけられた。
「何言ってるの? あれでも弱い方よ」
「え?」
その少女は淡々と話し始めた。
「あたしは途中から参戦したけど、それでも魔物の数は目に見えて少なかったわね。
それに水の太陽は、重力魔法も、転移魔法も使わなかった。
ひょっとしたらここに来る前にどこかの街を襲って、力を使い果たしていたのかもしれないわね」
「そういやぁ、確かにあの人数だけで襲撃をしのげるわけがねえ。
俺も街の防衛戦に参加したことがあるが、確か腕利きの冒険者や騎士たちが何十人って動員されてたしな」
「は……?」
デューイまで加勢してきた。
分かりやすく狼狽するスロウを見て、弓使いの少女はきっと、フードの奥で苦笑したのだろう。
「要するに、運が良かったのよ」
「は」
一瞬の間。
「はああぁぁぁぁ……」
盛大なため息を吐いた。
あれだけ死に物狂いで戦ったのに。
言うなれば手加減をしていた相手に全力で挑んで勝ったつもりになっていただけ、ということになる。
恥ずかしい。
「くっくっく、まあ、それでも生き残っただけで十分だ。
しかしオレは驚いたぜ? まさかあの状況で囮になれるほど、お前に度胸があるとは思ってなかった」
「何よ、それで一人で走り回ってたの?」
弓使いの少女にまで呆れられたようだ。
恥を隠すように必死の弁護をはかる。
「仕方ないだろ、それしか思いつかなかったんだから。
結果的にみんな助かったんだし、別にいいだろ?」
「まあ、あんたがその剣で音を立ててくれなかったら、あたしが駆けつけるのはもう少し遅れていたかもね」
フォローありがとう、と小さく伝える。
だが、囮の最中に魔物に囲まれた時のことを思い出して震えあがった。
あの時は本当に危なかった。
この世界において、戦う力がないことがどれだけ致命的なのか、文字通り身をもって知ったのだ。
「もっと、強くなりたい」
魔物を倒せる力が欲しい。
もちろん、この音を鳴らす魔法道具は十分役に立つ。轟音で相手を気絶させたり、あるいは囮になったり。
しかし、殺傷能力という点から見ればこの剣は最悪だ。
今回はデューイやフードの少女がいたからこそどうにかなったが、もし孤立状態になれば自分だけで魔物を倒すことはできない。
昨日のように囲まれたら即、死を意味する。
「自分ひとりの命すら守れないのに、誰かを守ろうとするのは無謀なことだとはっきり分かった。周りの人たちに頼りっきりじゃだめだ」
そうだそうだ、とうなずく今回最大の功労者デューイとは対照的に、少女の声が急に冷たくなった気がした。
「自分ひとりが強くなったからってみんなを守れるわけじゃないわよ」
まあ、それも正論だ。
だがスロウの決意は固かった。
「それでも、無力なままでいるよりはマシだ」
「……そうね。あんた、名前は?」
「スロウ」
「そう、スロウ。
あんたとはまたどこかで会うことになりそうね」
弓使いの少女はくるりと向きを変えて、村の外へと歩き始めた。
「何だよ、もう行っちまうのか?」
「これ以上あたしがここにいる必要は無い」
よほど急いでいるのだろうか、村の人たちに挨拶するつもりもないようだ。
スタスタと進んでいく彼女だったが、せめて一つだけ聞いておきたいことがあった。
「待ってくれ! 君の名前は?」
「あたしは……」
少し迷っているような様子だったが、少女足を止めてこちらを向いた。
「……エル。あたしは、エル。
それじゃ、またね、スロウ」
小さく手を振って、どこかへと向かって歩いていく弓使いの少女、エル。
「オレ様の名前は聞いてくれねえのか……」
そんな彼女を見て、大男がもの悲しげにつぶやいたのだった。
「本当に、ありがとうございました。
皆さんがいなければ今ごろ私たちはどうなっていたことやら……」
「いいえ、無事で何よりです」
エルという少女が去ってから、数日。
どうにかスロウの足も動けるようになり、デューイは貴重な労働力としてたっぷり村に貢献した。
途中で、二度と働きたくねえ、とぼやいていたのは聞かなかったことにした。
「フードの方、確か、エルさんと言いましたか、あの方に感謝を伝えられなかったことが唯一の心残りです」
「あいつ、もうどっか行っちまったからなあ」
「もし今度あの方と会う機会がありましたら、どうか我々の代わりにお伝えください」
と、そこで小さな影が寄ってくる。
リリーだ。
「じゃあね、お兄ちゃん! 気をつけてね」
ちなみにここ数日、リリーを筆頭とした子どもたちはスロウに遊ぼうと要求することはほとんどなかった。足のケガを心配してくれていたのだろう。そのあたりのことを提案したのはリリーだったようだ。この頃からこうした気遣いができるなら、きっと将来は聡明な大人に育つだろう。
半ば心配そうに、小さく手を振る女の子に、「ありがとう」と言った。
こうしてスロウたちはミスフェルの村を後にした。
今日の空は、すがすがしく晴れていた。
「デューイ、俺、強くなりたい」
道すがらに話しかけた。
デューイは振り向かず、前を歩きながら答える。
「おお、だったら稽古でもつけてやろうか。剣術なら一通りは教えられるぜ」
「それもいいけど、できれば先に手に入れたいものがあるんだ」
そこで初めてこっちを見るデューイ。
「新しい魔法道具が欲しい」
デューイはニヤリと笑った。
「魔物を倒せない武器で旅を続けるのは、正直不安だからね。
それに、この剣をどこで手に入れたのか思い出せないって話をしたろ?
魔法道具を調べれば、故郷の手がかりになるかもしれない」
水の太陽の襲撃の後、この剣を手に入れた経緯が不明だということはデューイに話していた。とはいえその時はこいつも疲れていたのか、まともに取り合ってくれなかったが。
デューイは「なら、次の目的地は決まったな」と笑みを浮かべてこう続けた。
「中都市カーラル。ダンジョン攻略の拠点になる、冒険者の街だ」