第十三話 夢を追う少女

「セナ・フラントールです! 西のセトゥムナ連合から来ました」
「俺はスロウ、よろしく」
「先ほどはお恥ずかしいところをお見せしました……」

 セナという名の半獣人の少女は、長い耳をしおれさせている。
 現在、二人は商店街に戻って並んで歩いていた。

 実は詐欺師たちを撃退したあと、近くの住民たちが魔法道具の風に驚いて出てきたのだ。
 周囲には男たちが倒れているし、トラブルになったらごめんだと、二人は人混みの多い商店街まで戻ってきたのだった。途中から猫耳が生えた女性に追いかけられたのには肝を冷やしたが、今はもう大丈夫そうだ。

「まさか、二回も冒険者の人を間違えるなんて……」
「どうしてそんなに冒険者になりたいの?」

 先ほどギルドで受付に突撃していた話を持ち出すと、やめてくださいよ、と彼女は恥ずかしそうに口を尖らせた。

「魔法道具のことをもっと知りたいんです。
 昔から自分なりに調べてはいたんですけど、セトゥムナでは数が少なくて……それでこの国までやってきました。
 そういえば、スロウさんの持っている剣も魔法道具ですよね?」

 セナは興味津々と言った様子でのぞき込んでくる。
 先ほどまでしおれていた頭のウサ耳が、まっすぐになってぴこぴこと動いていた。

 ずいぶんと感情豊かな耳だ。
 目は口程に物を言う、という言葉はこの子の耳にも当てはまるんじゃないだろうか。

「音を鳴らす魔法道具なんだ。切れ味もないから触っても大丈夫」
「ありがとうございます! なんだか音叉みたいな剣ですね」
「音叉?」
「はい、楽器に使うものらしいですよ」

 ほー、と感心するかたわらで、渡した剣が何度かひっくり返される。

「むー……」

 そして、彼女の視線はルーン文字のあたりに固定される。
 数秒間の沈黙が続いた後に、彼女は唐突に口を開いた。

「『ひび、き……きょう、めい……』」
「え?」

 紡ぎ出された単語は、よもやその剣と無関係であるはずがないだろう。
 ルーン文字を途中まで明らかに目で追いかけていたセナは、降参といった様子で顔を上げた。

「うーん、難しくてちょっとしか読めません」
「ルーン文字が読めるの?」
「へ?」

 きょとんとするセナ。

「ええっと、普通のことじゃないんですか?」
「いや、普通……のことなのか?」

 その辺の判断は常識を知らないスロウにはできないが、何か、とんでもない相手と知り合ってしまったのではないかという気がしてくる。ルーン文字を読める人間なんて初めてだ。

 ここで一つ良い考えが浮かんだ。

「あのさ、良かったら魔法道具のこと、教えてくれない?
 実は俺、世間知らずでさ、こういうのがダンジョンに眠ってるってことくらいしか知らないんだ」

 自分の故郷を探すにあたって、今、唯一の手がかりはこの魔法道具だけである。
 しかし、そもそもスロウは魔法道具が何なのかもすらよく知らないのだ。ここカーラルには新しい魔法道具を得る目的で来たのだが、どうせならもっと情報が欲しい。
 その点、目の前の少女は詳しそうだし、実際ルーン文字を解読してくれた。

 これも何かの縁だろう。

 彼女は、はい、任せてください! と満面の笑みで答えてくれた。

「魔法道具には一つだけ共通点があるんです。
 それは、『同じ魔法道具は一つとして存在しない』ということです!」

 そばの売り台に置いてあったペンダントを手に取るセナ。
 細いチェーンにつながれた四角い結晶が紫色に輝いており、その内部にルーン文字が浮かんでいた。

「例えばこの魔法道具!
 これは……すいません、どういうものですか?」

 唐突に質問された店番のおっちゃんは、かざした方角によって色が変わるものだよ、と苦笑した。

「ありがとうございます!
 この魔法道具。この形状で、この能力を持っているものはこれ一つだけしか無いんです!
 同じものは存在しないということはつまり、魔法道具はそれぞれが唯一無二の道具で、探せば探すほど新しい魔法道具に巡り合えるということなんです!」

 すごくないですか!? と声を大にして語るセナ。
 その熱量は周りからの注目を集めるほどだった。

 ふっと我に帰った彼女は、ペンダントを売り台に戻し、咳払いを一つ。

 仕切り直すようだ。

「そんな魔法道具なんですけど、実はダンジョン以外にも、街や村の中で伝統的に受け継がれていることも多いんです。
 ベレウェルの黄金剣はその代表例ですね」

 水の太陽がいなければ見に行けたかもしれないのに……と残念そうにつぶやいている。ベレウェルの黄金剣?
 聞いてみると、どうやらベレウェルというのは水の太陽によって滅ぼされた国の名称だったようだ。そこでは黄金の魔剣が国宝として保管されていたとか。

「じゃあ、それぞれの魔法道具がどこで手に入ったのかって分かったりしない?」
「うーん、そこまでは分からないですね……。
 ただ、何かと強い結びつきがある魔法道具は、その何かを表すルーン文字や形状で作られてる場合が多い気がします!
 だから、そこから場所を推理することはできるんじゃないでしょうか?」
「そうか……そうか……!」

 思わぬ収穫だ。ルーン文字の解読と、今の言葉によって新しい手がかりが手に入った。
 さっきの解読では、「ひびき」「きょうめい」の二つの単語が出てきている。
 これでもまだ半分しか読解できなかったようだが、ひとまずはこの二つを足掛かりにすれば……。

 希望が見えてきた。

 旅を始めた当初は、記憶を失った自分が故郷を探すなど無茶な目標だと思っていた。
 だがそれがどうだ、有力な情報が得られたではないか。
 この調子なら案外すんなりいけるかもしれない!

「むむ、なんだかとても嬉しそうですね」
「いや、ちょっと探し物があってさ。おかげでかなり前進したよ」
「そうですか? お役に立てたのなら嬉しいです!」

 そう言って彼女は、両手を後ろに回して、まぶしいほどの笑顔を浮かべたのだった。

 その後も、商店街でひとしきり魔法道具を眺めて過ごし、色々な話をした。

 セナが今までに触れてきた、不思議な魔法道具の数々。
 千里を見渡すことのできる水晶玉。持ち主に危険を知らせる指輪。人をカエルに変えてしまう杖。
 まるで童話に出てくるような魔法道具を、深い森の奥や、大きな街の隅っこで発見してきたそうだ。それらについての情報を記録し、手帳にまとめてまた旅に出る。そういうのを半年ほど続けていたらしく、実際に見せてもらった手帳はずいぶんと使いこまれていた。

 スロウはデューイという冒険者との出会いや、水の太陽の襲撃といった話題を挙げた。
 そいつとの出会いをきっかけに村を飛び出してしまったこと、間一髪のところで謎の弓使いの少女が助けに来てくれたことなど……。

 記憶の欠如についての話題は避けたが、会話は弾む。

 なんとなく気が合うなと感じていると、どうやら向こうもそう思っていたらしく、二人して唐突に笑い出してしまった。

 商店街を抜けた後は、街と湖を一望できる高台にやってきた。階段を上った先にある小さな踊り場のような場所で、後ろの方にベンチが一つ置かれている。

 二人はそこで石垣にもたれかかり、涼しい風を感じていた。

「セナは、どうしてそんなに魔法道具が好きになったんだ?」

 素朴な疑問だった。

 横で石垣に手を置いていたセナは、何かを思いだすように、伏し目になって柔らかい笑みを浮かべる。

「実はわたし、子どものころにとある魔法道具を使わせてもらったことがあったんです。
 一族の人たちがずっと守ってきた、とっても大事なもので。
 ……空を飛ぶ舟の、魔法道具でした」

 そんなものがあるのか、と驚くと、彼女は「はい」とうなずいてこちらの方に身を乗り出してきた。

「あの時の感動をスロウさんにも分けてあげたいくらいです!
 雲がすぐ近くにあって、風に包まれるようで。
 空は高くて怖かったけど、でも、世界があんなに広いんだって、初めて知って……」

 目をきらきらと輝かせ、まるで本当にその景色を見ているかのように語るセナ。
 そのまなざしは、空の向こうに向けられていた。

「その時考えたんです。
 ひょっとしたら、わたしたちが想像もできなかった魔法の力が、まだどこかにあるんじゃないか?
 魔法道具があれば、どんな夢でも――。
 それこそ、子どものころに願ったような夢でも、叶えられるんじゃないかって。
 そう思うと居てもたってもいられなくて、こんなところまで来ちゃいました」

 そう言って、にへら、と照れくさそうにはにかむウサ耳の少女は、本当に楽しそうだった。