第十六話 クロノワトルの地下遺跡

 岩壁をくり抜いたような道を進んでしばらくが経過。
 筒状に続いていた洞穴が唐突に途絶え、前方に光るものが見え始めてきた。

「ここが……」

 内部は巨大な空洞になっていた。

 たいまつをかざしても天井は見えず、足元は崖となって途絶えていた。
 そんな真っ暗闇の中で、青く発光する光の群れが、下から上へ、ゆっくりと上昇していたのだ。

 大小様々なその光は天井に近づくにつれて小さくなり、消えてしまう。そしてまた、下の方から新たな光の粒子が湧き上がってくる。

 それが、ずっと続いていた。
 もしかしたら永遠にこの景色が続いているのではないか、そんな思いにとらわれてしまうほど美しい憧憬だった。

 崖の下を見渡すと、遺跡群の輪郭がその光でわずかに照らされているのを発見する。
 目を凝らしてよく見ると、長方形のオブジェが乱立し、傾き、崩れている。緑と青に光るコケがその大部分を覆い尽くし、星くずのような光の粒子を噴出していた。この光はそこから生まれているようだった。

 暗闇に水滴の落ちる音が反響し、いつまでも続きそうなその鼓音は静寂に取って代わっていく。

「『クロノワトルの地下遺跡』。初心者にはうってつけの低級ダンジョンだ」
「すごい……きれいですね」
「ああ……」

 スロウは冷えた空気を吸い込んで、白い吐息を吐き出した。
 本当に静かで、身動きを取ることすらはばかれるほどだった。

「他の冒険者はいないのか?」
「たぶんな。ほとんどの魔法道具は回収されたって話だからよ、ここには『新米』しかいねえはずだ。
 もちろん、まだ見つかってない魔法道具が残ってる可能性だってある。張り切って探せよ?」

 ニヤリと笑うデューイを見て、半獣人の少女はやる気を出したようだ。
 セナは緊張感とわくわくした気持ちをない混ぜにしたような表情で先に進み始める。

 夜目が効くのか、たいまつも持たずに暗闇をひょいひょい進んでいく彼女に慌てて付いていくスロウ。
 そしてデューイは、保護者よろしく最後尾についたのだった。

 右手に進むと崖を下りるための道があった。カーブをいくつも作ったその道は階段状になっていて、何度も左右に折り返しながら下っていく。

 一番下まで降りると、目の前のオブジェ群がなおさら高く感じる。見上げると首が痛くなりそうだった。

 一つ一つのオブジェの形状は、地面に置かれた三角杭の根元がちょっとだけくり抜かれているような構造だ。中はずいぶんとシンプルなもので、一階にあたる場所が空洞になっており、上階などは存在しないようだった。カビの臭いがしけった空気に混じっている。

 ふと壁を覆うコケに指を押し当てると、染み出してくるのは冷たい水、それも飲めるのではないかと思うくらい澄んだものだ。水筒の中身が切れたら補充しても良いかもしれない。濡れた指先をぬぐいながらそう考えた。

 入口の近くには決まって格子か何かの残骸が転がっていて、ただでさえ湿っていて滑りやすい足場をなおさら劣悪なものにさせていた。転んだら非常に痛そうである。

 まったく、歩きにくいったらありゃしない。

 苦戦しながら進むが、そんなことも気にかけず熱心に探索している者が約一名。

「こっちはどうなっているんでしょう? あっちは……?」

 彼女は長い耳をせわしなく揺らしながらあちこちを歩き回っていた。
 街で購入した地図を片手に好奇心のおもむくまま目をキラキラさせ、ついでに耳もピコピコさせ、行ったり来たりを繰り返している。

「魔法道具なんて本当に見つかるのか?」

 セナを眺めながら、ふと気になって尋ねてみた。

「ハッハ、まさか。どうせ他のやつらが根こそぎ持ってったはずさ。そう簡単に見つからねえよ」
「ふーん」

 デューイは足元のガラクタを雑に拾い上げた。コケがまばらに落ち、土の匂いがほのかに漂う。デューイはそれをルーン文字も何も描かれていないガラクタと認識すると、さして興味もなさそうに放り投げた。
 一応、形だけ探しているといった様子だ。

「じゃあ、あれって何?」

 スロウは前方を指さす。

「んー?」

 デューイも顔を上げる。
 その方向には、大きな杖を掲げて立っているセナがいた。

「見つけました! 魔法道具です!」

 彼女は、頬をわずかに紅潮させて叫んでいた。

 こうして、探索開始からわずか数分。
 俺たちは未知の魔法道具を一つ、探り当てたのだった。

「……まあ、冒険者にも見落としはあるよな」

 杖の魔法道具を見つけた後、三人はオブジェが乱立する空洞の、さらに地下に流れる青い川の横で休憩を取っていた。隠し階段のようなそれを下った先で見つけたちょうど良い場所である。  静かな上層から入ってきたからか、ザアアァと水の流れる音がなおさら大きく聞こえた。

 ちなみにお遊びで川に石を投げ込んだら、それは煙を上げて跡形もなく溶けた。
 信じられない光景に衝撃を受けたスロウが、川から一番遠いところを休憩場所にしようと提案して今の場所に落ち着いている。

 ここに決めたのは別に怖かったからとかじゃない。

 そんな風にまだ衝撃が残っているスロウだったが、仲間二人はそうでもなかったようだ。デューイは地面に寝っ転がって、あんなところ誰も見ねえだろ、と言い訳がましくつぶやいていた。どうやらすんなり魔法道具が見つかってしまったのが面白くないらしい。
 セナは手に入れたばかりの杖を振り回して、力を発動させようと試行錯誤していた。杖の長さに慣れていないのか、自分の耳に時々当てていた。

 ――この杖があったのは、大きく傾いたオブジェの一角だったらしい。
 聞くところによると、一つ分隣のオブジェにもたれかかるようにして崩れたその先端部分に、妙な影があるのを視認したそうである。あの暗闇の中でだ。

 そこでセナは、まるで橋でも渡るように、コケで滑りやすくなったオブジェの斜面を登り始めた。
 傾いているとはいえ落ちたらただでは済まないような高さである。それを彼女は難なく渡り、意味深に設けられたくぼみの中に杖が収められているのを発見したらしい。

 呆れてものも言えない。

 とはいえ本人にも考えはあったらしく、風でバランスを取りながら渡ったから大丈夫だと誇らしげに胸を張っていた。

「セナ、その杖は使えそう?」
「うーん、まだ分からないんですよね……」

 ウサ耳の少女はひょい、ひょいと杖を振る。

「気いつけろよ。何が起こるか分からねえんだからな」

 と言いつつもリラックスして足を組むデューイである。

 スロウも何気なく杖を見ていたのだが、目の前の少女がふと笑ったのに気が付いた。

「……やっぱり楽しいなぁ……」

 どういう意味合いで言ったのかは分からなかった。
 その横顔は嬉しそうにも見えるし、寂しそうにも見えた。

「……おいスロウ、ちょっと見張り行って来いよ」
「え、何で?」

 デューイは起き上がって指を差してくる。

「魔物がいたら危ねえだろ、暗いんだし。
 何かあったら剣を鳴らせよ、いいな」

 じゃ、行ってこい、と返事も待たずに話を切り上げられた。いきなり過ぎる。
 なんだか釈然としないが、ひょっとしたらそういうのが冒険者のやり方なのかもしれない。なにしろこいつはA級冒険者なのだ。

 とりあえずそう考えることにして、重い腰を上げた。