休憩場所に残された二人のうちの一人であるセナは、首をひねりながら相変わらず杖をいじくっていた。
ルーン文字に反応はなし。解読もしてみたが、「つぐなえ」と書いてあることしか分からなかった。
どうすれば力を見せてくれるんでしょう……。
大げさに振りかざしてみたり、軽く突き出してみたり、はたまたクルリと回転させてみたり。
試行錯誤しながら能力を引き出そうとしているが、糸口はまだつかめていない。
「……嬢ちゃん、冒険者になりたいんだって?」
顔を上げると、『A級冒険者』がわずかに笑いながら静かな瞳を向けていた。
このデューイという人の第一印象は、粗雑、だった。
ギルドでいきなり外に連れ出されたのにはさすがに驚いたけど、ちゃんと解放はしてくれたし、スロウさんの仲間なら悪い人ではないはずだ。
投げかけられた問いにいつも通り答えようとして、ふと、違和感を感じた。
その瞳に警戒心が浮かんでいるようにも見えたのは、気のせいでしょうか。
「珍しいよな、魔法道具が好きな半獣人なんて」
いや、やっぱり気のせいじゃない。
ニヤニヤとした表情を浮かべてはいるけど、目が笑っていなかった。
何かを見定めるように、黙ってこちらの返答を待っている。
少しだけ怖気づいてしまうものの、セナはすぐに姿勢を正した。
ここに来るまでの半年間も、いろんな人に疑われた。
「はい、奴隷狩り、ですよね。
でも、悪いのは魔法道具じゃないんです」
ほう? とあごに手を置くデューイ。
セナは深呼吸してから、ゆっくりと話し出した。
「魔法道具は――道具でしかありません。
たとえ夢のような力を持っていたとしても、扱う人によって盾にも兵器にもなります」
「確かにな。
一般人が軍事的な力を持たねえように、聖騎士団が規制かけてんだし」
そういえばこのダンジョンに入るときも魔法道具の提示を求められた。
きっとあれは、魔法道具の所在と所有者を把握するための、ルールなのだろう。
「……奴隷狩りを起こしているのは魔法道具ではなく、私たち人間です。
私は、ずーっと昔から魔法道具を受け継いできた一族の一人として、その力について知らなければならないと思います」
「ご立派なこって」
揶揄するように鼻で笑われる。
それでも、いつもの自分だったら、すぐに立ち直れた。
「……でも、今はちょっと自信が無いんです」
セナは視線を落とす。まっすぐ前を向けなくなったのだ。
魔法道具を知りたくて、自分もそれを誇りに感じていて。
そうしてここまで来たら、自分が大したことのない凡人であるということを思い知らされた。
そして、奴隷商人オドンに問われたのだ。「それは本当にお前の夢なのか?」と。
分からなくなった。自分にそれを追い求める価値があるのかどうかも。
……現実は、知ってる。
『魔法道具は、道具でしかない』。
だからこそ奴隷狩りに利用されているし、冒険者にとってはただのお金にしか見えていないのだろう。
でも、本当にそれでいいのでしょうか?
その力に秘められた可能性を、『たかが道具』と、私は笑えるでしょうか?
思わず苦笑した。
大都市から逃げてきたような人間のくせに、そんなことを真面目に考えているなんて。
「ひょっとしたら私は、あまり立派な人間じゃないのかもしれません」
「……分かった、もういい。
とりあえず、嬢ちゃんが悪いやつじゃねえってのは分かった」
降参とでも言うように両手を上げたデューイは、セナに謝意を示した。
「まあとにかく、変なことを企んでなければオレはそれでいい。
魔法道具を追い求めたいなら、それもいいんじゃねえの」
そんな風に、デューイさんは興味のなさそうな顔をする。
距離は感じるが、なんとなく受け入れられたような気がした。
いつの間にか、話題はダンジョンの話に変わっていた。
「でも、ここに来れて良かったです。スロウさんやデューイさんと会ってなかったら、こうしてダンジョンにはいなかったかもしれません」
「まったく、物好きもいたもんだ、好き好んで地下に潜りたいなんて」
デューイさんはくっくと笑っている。
一緒に話してて、仲良くできそうだと思った。最初はどうなることかと思ったけど、意外とどうにかなるものだ。
そんな風に考えていると、デューイさんは「なら、少なくともスロウには借りがあるんだよな」と確認するようにこちらを覗き込んでくる。「ダンジョンに入ることになったきっかけは、元々あいつだったんだろ?」
「そうですねー。あ、何かできることがあったら言ってください! ぜひお礼したいなと思ってましたから」
これは本心だ。デューイさんも含め、二人にはずいぶんお世話になっている。冒険者に登録しないままここにいるのは後ろめたいけど、それでも来てよかったと言い切れる。
私の言葉を静かに聞いたあと、デューイさんは一拍を置いてから口を開いた。
「じゃあ、スロウのことを助けてやってくれねえか」
少し予想外だった。
自分の印象では、どちらかというと荒くれ者っぽいイメージがあったからだ。失礼な話かもしれないけど、誰かを気に掛けるようなお願いをするとは思っていなかった。
でも「助けて」とはどういうことだろう。まさか、危険な状態なのだろうか。
そんな思いが顔に出ていたのか、デューイさんは慌てて補足する。
「いや、何もあいつの身が危ねぇとか、そんな話じゃねえよ。
ただあいつの故郷を見つけるのに手を貸してほしいってだけだ」
「どういうことですか?」
デューイは腕を組んで青い川を見る。
セナもそちらの方に目を移すと、水流が心地よい音を立てて、空気を巻き込みながらほのかに発光していた。危険な川とはいえ、美しい景色だった。
「嬢ちゃん、スロウが記憶をなくしてるって話は聞いたか?」
表情が変わったのに自分でも気が付いた。持っていた杖をひざに置く。
デューイさんは、やっぱり話してなかったのかよ、あいつ、と苦笑していた。
「まあ、なんつーか、自分の故郷がどこか分からないんだと。たぶん嘘じゃねえ。
そんで今、その故郷を探して旅してるってわけなんだが、手掛かりはあいつが持ってる魔法道具しかないらしい」
デューイさんは二本指を立てる。あの音叉のような剣のことだろう。
一つだけ思い当たるのは、商店街でルーン文字の内容を教えた時のことだ。
「おかげで前進したよ」と言って、嬉しそうにしていたのを思い出す。
あれってこういう意味だったんですね……。
「あいつに恩を感じてるなら、力を貸してやってくれ」
そう言って困ったように笑うデューイさんだけど、彼は今日一番で優しそうな顔をしていた。
やっぱり、この人も根は良い人なのだ。
「はい、もちろんです!」
断る理由などない。
ありがとよ、とつぶやいて水筒を仰ごうとするのベテラン冒険者を見て、セナはふと気になった。
「そういえば、デューイさんはどうしてスロウさんと一緒に旅をしているんですか?」
確か聞いた話では、二人は少し前に出会ったばかりだという。たぶん、親戚や知り合いではなかったはずだ。なのに、どうして彼はスロウさんのことを気にかけているのだろう?
当の本人は口元に持ってきていた水筒を離す。
「そうだなぁ……」
デューイは何かを考え込むように上を向いた後、横目でセナの方をちらりと向いた。
「境遇が似てるからかもな」
そう言って、彼は思い切り水筒を仰いだ。表情は見えなかった。
どういう意味だろう、と不思議に思ったけど、ちょうどそのころ金髪の青年が帰ってきて、この話は終わりということになった。