冒険者の三人組が、クロノワトルの地下遺跡へ入っていった後。
その入口となる洞窟の前に座る聖騎士の男は、あくびを漏らしていた。
鎧の内側に隠した賄賂を何に使おうかと考えていたところで、前方から小さな影が向かってきているのを確認する。
……なんだあれ、子どもじゃないか。
背の低い体躯を、ぼろぼろの布を頭からかぶって覆っている。
ぼさぼさに伸びた髪の隙間から見えるその顔は、明らかに少年のものだった。
「坊や、どうしたんだい? お母さんとはぐれたのかな」
腰をかがめて少年の顔を覗き込む。
そこで若い聖騎士は、初めて気が付いた。
首元に禍々しくうねる首輪と、自分に向けられた二対の瞳に。
「その目は……!」
「邪魔だ」
真紅に輝く瞳を確認した途端、鎧を着こんでいるはずの自分が、宙に浮いた。
ふわりと内臓が持ち上がり、吐き気を感じた次の瞬間には鎧ごと壁に叩きつけられた。
少年は武器も何も持っていない、ただこちらに手をかざしただけだった。
失いつつある意識の中で、目の前の光景が暗くなっていく。
異変に気付いた他の聖騎士が飛び出しては、魔人の少年に返り討ちにあっていた。
ある者は自分と同じように虚空へと不自然に浮かび上がり。
鎧を着ていなかった団員に至っては、突然垂直に圧し潰されて陥没した地面へと消えた。
水の太陽と同じ、重力魔法。
「魔人だぞ!」
「街に戻れ! ジャッジを――魔人狩りを呼んで来い!!」
もうその怒号は聞こえない。
眠気にも似た暗闇が視界を覆い、若い聖騎士の意識は途絶えた。
「……」
名も無き魔人の少年は、洞窟の前に立つ。
彼は真っ赤な瞳を携えて、禍々しい首輪をわずかに揺らしながら暗闇へと足を踏み入れた。