第二十二話 帰路

 既に一行は地下遺跡から出て、中都市カーラルへの帰路についていた。

 ダンジョンから脱出した直後、出入り口にはヘンリーさんと似たような軽装備の人たちが集まっていて、壊れたキャンプを回収したり、見覚えのある門番の騎士を治療したりしていた。

 ジャッジ部隊の一員であるというヘンリーさんは、灰色の短髪を生やし、銀縁のメガネをかけた礼儀正しい人だった。
 服装はインナーの白シャツに、金具やポケットがたくさんついた黒いチョッキ、さらにその上に厚手のロングコートを着込んでいる。下は灰色のズボンとこげ茶色のブーツだ。
 そして左腕に、騎士がつけるような金属のガントレットを装着。どうやらこれが彼の魔法道具のようだった。聖騎士団の所属と言うが、普通の騎士と違って鎧も無ければ剣もないのが特徴的だった。

 聞けば、ジャッジ部隊とは人々の中に紛れ込む魔人を狩るための組織だという。聖騎士団の中でも指折りのエリートたちで編成されるとかなんとか。
 魔人狩りに限らず、治安の維持のために法を守る役割があるとも言っていた。

 が、そんな話は正直あまり頭に入ってこなかったのだ。
 どうやら知り合いらしかったデューイとヘンリーさんが言い争っているのを眺めつつ、スロウはあの魔人の少年のことを考えていた。

『首輪をつけて、魔法で言いなりになれば、いつか自由になれるんだ!!』

 最期にそう叫んだ少年の顔を思い出す。
 人の死に直面するのは、スロウにとって初めてのことだった。

 自分よりも年下の子どもが、報われないまま人生を終えた。
 その事実に、頭が凍り付いていた。

「スロウ、スロウ!」

 デューイからの呼びかけで現実に引き戻された。

「あ、ああ。何?」
「ボーっとすんな。
 いいか? ヘンリーには杖のことは黙っとけよ。なにしろまだ登録されてねえんだ。
 魔人のおかげでうやむやになってくれたが、バレたらペナルティがあるからな」

 デューイは杖を指さしながら、前の方を歩く高身長に聞こえないようとに小声で話していた。
 ヘンリーさんは今セナと話してて、こちらの会話が彼の耳に届くこともない気がする。

「そいつは持ってる分には問題ねえが、人に譲ったり、売り出そうとしたら一発アウトだ。
 覚えとけよ」

 とりあえずうなずいておいて、そのまま足を進める。

 セナはどうやら、さっきの奴隷の少年の話をしているようだった。

「あの、奴隷商人のオドンって人、知りませんか?
 ひょっとしたらさっきの魔人の子、奴隷商人の人に操られていたかもしれないんです」
「……あの男が絡んでいたのですか?」

 驚愕の色を浮かべるヘンリー。「またですか」、とでも言いたげだ。
「知ってるんですか?」と、スロウも二人のところに近づく。

「ええ。我々も彼を追っているのですが、そのたびに奴隷を捨て駒にして逃げられるのです」

 ヘンリーさんはメガネを正し、ため息をついていた。

「個人的に、あの男は不愉快ですね」

 犬猿の仲であるらしいデューイに向けていたものとはまた違う、嫌悪に満ちた表情だ。
 眉をひそめて、ただでさえ鋭い瞳をさらに細めていた。

「オドンは、奴隷をいたぶっているだけです。弱い人間の未来を潰すことに優越感を感じている男です。
 でも、そんなことをしてもまともに金銭を得られないことくらい、彼自身も分かっていると思います。それでもやり方を変えられない・・・・・・・・・・・・・・
 きっと彼も、何かに支配された奴隷の一人なのでしょう」

 それで全てが免罪されるわけではないですが、と表情を元に戻すヘンリー。
 彼はスロウたちの方、特に半獣人であるセナに振り返って口を開いた。

「確か……スロウ君と、セナ君、でしたか?
 詮索はしませんが、彼とは関わらない方が良いと思います。
 危険人物であることに変わりはないので」

 なんとなく、釘を刺されたような気がした。
 後は自分たちに任せろと言っているのかもしれない。

 そんな風に思っていると、まだ半日しか経ってないのに、懐かしさすら感じる城壁が見えてきたのだった。

「では、これにて失礼致します」
「へーへー、とっとと行きやがれ」

 こうして一行は中都市カーラルに到着し、そこで解散ということになった。
 ヘンリーさんはそっぽを向いてすぐにどこかへと消えてしまい、悪態をついていたデューイは「嫌なことは忘れるに限る」と酒場を探しに行く始末だった。

「……それじゃ、わたしもこれで……」
「ちょっと待って」

 大人組に紛れて立ち去ろうとしたセナを引き留める。
 きょとんとしているウサ耳の少女に、スロウは心配そうな顔を向けた。

「オドンのところには、行かないよね?」

 『明日、答えを聞こう』と、昨日、オドンは言っていた。
 だが、ヘンリーさんが危険人物だと評しているくらいだ。
 そんなヤツのところに、わざわざ答えを言いに行く必要なんて無いだろう。

「……分かってますよ、そんなこと!
 今日はいろいろありましたし、少しくらい一人で休ませてください」

 屈託のない笑みを浮かべる彼女は、少し困ったような表情を浮かべているようにも見えた。
 本人がそう言っている以上は、釘を刺すことも難しい。

「じゃあ、またね。帰り道、気をつけてよ」
「はい。おやすみなさい、スロウさん」

 後ろ髪を引かれる思いをしつつも、スロウはその場を離れていった。
 まだ胸にはもやもやが残っていた。

 金髪の青年が見えなくなったころに、影から猫耳の女性が姿を現す。
 首輪をつけている彼女は、セナに向かって頭を垂れた。

「セナ・フラントールさま。主がお待ちしています」
「……はい」

 影でこちらを待っているのには気付いていた。でも、スロウさんたちには黙っていた。

 これはわたし自身の問題なのだ。

 これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない。