※この回から入る初見さん向け
・ざっくりメインキャラ紹介
スロウ(主人公、男):記憶喪失の青年。
最終目的は、場所も知らない自分の故郷に帰ること。
そのために記憶を失うまえから持っていた魔法道具「音叉剣」を手掛かりとして旅をしている。
デューイ(男):四十代のおっさん冒険者。
第一章にて主人公スロウが帰郷の旅を始めるきっかけを与えた人物。
「断切剣」と呼ばれる魔法道具の使い手で凄腕の剣士でもある。
セナ・フラントール(女):半獣人の女の子。魔法道具が大好き。
前章にて主人公たちと出会い、奴隷商人の事件を乗り越えて一緒に旅をすることになった。
・作中の設定
魔法道具:不思議な力を宿した道具の総称。主にダンジョンで発見される。
それぞれが固有の能力を持っておりその種類は千差万別。ルーン文字が刻まれているという特徴がある。
(ちなみに冒険者とは、ダンジョンに分け入ってこの魔法道具を回収してくる人たちのこと)
※※※※※
以下の設定は第四章のストーリーにはあまり関係してこないので読み飛ばしても大丈夫です
『水の太陽』:
天高く大空を漂う、玉のような巨水を纏った龍の名称。
各地をさまよっては大雨とともに不気味な魔物を大量に産み落とし、世界に災厄をもたらしている。
現時点で討伐不可能。かつてこの龍によって国がひとつ滅ぼされている。
※※※※※
・第四章あらすじ
前章にて半獣人の少女セナを迎え、正式に冒険者となった主人公スロウ。
活動の合間に最終目的である自身の生まれ故郷について情報収集を行い、『白銀都市アリアンナ』という場所があることを発見。
そこに手がかりがあるかもしれないと仲間に相談を持ちかけるが、
しかしその都市は、仲間のひとりであるデューイの生まれ故郷だったようで……?
※ここから本編です
朝露に濡れた草花の匂いがした。
スロウは、西門の近くで、徐々に明るくなっていく空をぼんやりと眺めていた。
普段は人の喧騒に包まれているはずの中都市カーラルは、夜明けを前にひっそりと静まり返っている。このまま時間が止まらないかなーなどと思ってしまうほどの心地よい静寂だ。涼しい風に吹かれながら船をこいでいたら、ふいに横から頭を小突かれる。
「よお、何ボーっとしてんだ」
眠気に目をこすりながら顔を上げると、そこには屈強な剣士が立っていた。
相変わらず黒い軽鎧に身を包み、大きく湾曲した大剣を背負う大男で、ちょうど壮年期を超えた四十そこそこのおっさんだ。
しわの浮かんだ顔を向けてくるが、その筋骨隆々の肉体は老いを一切感じさせることがない。普段から鍛え上げているのであろう二対の剛腕も、彼がいまだ現役の冒険者であることの印だった。
その大男――デューイに対し、スロウはあくびで応える。
「ごめん。ちょっと眠くてね」
「しっかりしろよ、忘れモンでもされたら困るぜ。ふあーあ」
「そっちだって眠そうじゃないか」
覇気も何も感じないこの男だが、これでも一流の冒険者である。
デューイはぞんざいな立ち振る舞いに似合わぬ静かな瞳をゆっくりと動かし、周りを見渡す。おそらく、もう一人待ち合わせているはずの者を探しているのだろう。
「嬢ちゃんはまだ来てねえのか?」
「ん」
西門周辺では、どこか遠くのダンジョンに向かうのであろう他の冒険者たちが何組か、たむろしているだけだった。
彼らは朝早い時間帯であるにもかかわらずてきぱきと準備を終えたのち、大荷物を背負って西門の外へと旅立っていく。
早朝にあんなにはっきり意識を保てるのが不思議でならない。
「おっさんはもうちっと寝かせてほしかったんだがな」
「『魔法道具がやっと届きました!』って張り切ってたからね。早く使いたくて仕方ないんじゃない?
……お、来た来た」
遠くから独特のシルエットをした人物が近づいてくるのを確認して、眠気覚ましに頬を軽く二回たたく。
次に目を開いたときには、彼女はもうすぐそこにいた。
「お待たせしました!」
風の速さで走ってきたのは、兎のそれのような縦耳を頭から生やした少女だった。
半獣人と呼ばれる種族である彼女は、いつもと同じ茶色いケープに身を包み、栗色の髪を腰まで伸ばしている。
普段から感情豊かな彼女なのだが、今日はいつにも増して明るく見える。
おそらくそれは、かつて愛用していた短剣をちゃんと腰の後ろに装着しているからだろう。
頬をわずかに紅潮させた半獣人の少女――セナ・フラントールは息を整えてから口を開いた。
「すいません、魔法道具の受け取りに時間かかっちゃいました。
もう準備オッケーです!」
「これで全員分の魔法道具が戻ってきたってえわけだ。……数か月はかかったか?」
「俺のもこの前届いたばっかりだし、もうちょっと検査の時間短くしてほしいよね」
冒険者登録を行った際に検査に出してから既に数か月は経っている。
まさか冒険者になるときに、持っていた魔法道具を没収されるとは思っていなかった。
もちろん力づくで取り上げられたわけではないのだが、そのまま何か月も戻ってこなかったのだから没収と表現してもいいだろう。
「危険な魔法道具が個人の手に渡らないようにするため」の検査だとは言うが、時間がかかりすぎだと思う。スロウの音を鳴らす剣――「音叉剣」とギルドから命名された――が届いたのもつい一週間ほど前だった。
結果的に最後となってしまった魔法道具を、セナは懐かしそうに手に取る。
エメラルドグリーンの刃が日光を反射してキラキラと輝いていた。
「――さあ、今日もどんどん魔法道具を見つけますよ!
この短剣があれば無敵です!」
魔法道具を鞘に納めたセナは先頭に立ち、こちらを振り返ってきた。
眠気など微塵も感じさせぬ少女に引っ張られるようにして、スロウたちもその後を追う。
そうして、三人はまた今日もダンジョンの探索へと向かったのだった。
「そろそろこの街を出ようと思う」
日が落ちてから、冒険者ギルド内の食堂でスロウは提案した。
セナは木の実や野菜が中心のサラダを、デューイは極太のステーキを注文していた。
兎人族の目の前でウサギ肉のステーキにがぶりついているのは中々えげつない光景だが、セナは意に介さずに野菜をかじっている。
不快にはならないのかと聞いたら、半獣人とただの兎とではそもそも種族が違うのだと主張していた。姿形が似ている動物とはいえ、その辺ははっきりと線引きしているようだ。
ちなみにスロウはスープを注文している。緑黄色の具材に甘い油が染み込んでいてなかなか美味だった。
「ユオンさんから聞いたんだけど、面白い情報が手に入ったんだ」
「へえ、なんだよその情報って」
デューイは頬杖をついて皿を横にどかした。いつの間にかステーキを食べ終えていたらしい。
ちなみにユオンとは、以前奴隷商人オドンのもとについていたあの猫耳の半獣人である。
聖騎士団の介入により晴れて自由の身になった彼女らは、今は冒険者として仲間たちと活動しているようだった。
「この音叉剣とつながりのある場所だよ。
要するに、俺の故郷の手がかりかな」
スロウが座ったまま軽く身じろぎをすると、腰に帯びた剣が椅子の足にぶつかった。
金属音がかすかに響くが、食器ががちゃがちゃ音を立てているこの食堂内では誰も気にしない。
記憶喪失のスロウにとって、生まれ故郷を探す唯一の手がかりと言える魔法道具、音叉剣。
思い出せる限り一番古い時期から持っていた剣だ。
この剣とつながりがあると思われる場所に向かえば故郷について何か分かるのではないかと考え、ダンジョン探索の合間に情報収集をしていた。まさか自分の知り合いから耳にできるとは思っていなかったが。
「よかったじゃないですか!!
それで、何ていう場所なんですか?」
セナはフォークを置いて身を乗り出してくる。目を大きく開いて、わくわくした表情を浮かべていた。
「白銀都市アリアンナ。
聞いたことない?」
二人にそう問いかけると、真っ先に顔色が変わったのはセナの方だった。
「ア、アリアンナって言ったら、伝説の魔法道具がある街じゃないですか!?」
「え、そうなの?」
すごいすごいと興奮して喜んでいるセナ。見ているこっちまで嬉しくなってしまいそうだったが、反対にその隣の大男はまったく逆のリアクションだった。
「おい、白銀都市って言ったか?」
酔ったみたいに眉間に指を押し当てて、マジかよ、とつぶやくデューイ。見るからに心当たりのありそうな反応だ。
「知ってるのか?」
「ああ、いや、知ってるっつうか……」
頭を抱えていたその大男は、言いにくそうに告白した。
「白銀都市アリアンナってのは……まあ、言うなれば、オレの故郷だぞ」