「なんか、聖騎士が多いな」
城下町までやってきた感想がこれだった。
山河に囲まれたこの立体都市に入ってから数刻後、にぎやかな往来の中に聖騎士を見かける頻度が高いと気が付いた。
しかも心なしか、今まで見た騎士たちよりも装備の質が良さそうな気がした。彼らのふるまい方にも気品を感じるし、みな一様におだやかそうな顔をしている。
「そりゃそうだ。レオス教の総本山なんだからな」
「うんうん……え?」
唐突なカミングアウトに開いた口がふさがらない。
それ、結構重要な情報じゃない?
「…………指名手配されてたりしないよな?」
「抜かせ。おっと、嬢ちゃん、そこの角を右だ」
「了解です!」
現在は件の三大魔法道具とやらの一つがある場所へ向かっている。
先頭を歩くセナに、デューイが後ろから道を教えていた。
「どこに向かってるんだ?」
「大聖堂さ」
デューイは上の方を指さす。
「ああ、あの城ね……」
都市の中心部にあったあれは、どうやら厳密には城でなく、大聖堂と鐘塔が同じ一つの建物として造られたものらしい。言われてみれば確かに、この都市で最も高い位置にあるであろうあの突起物に釣鐘があるように見えなくもない。
疲れて視線を下げると、道路の両脇には水路が設けられていて、その水もかなり透明度が高い。
道中遠くに見かけた川はここよりも下方にあったはずだから、そこから汲んでいるわけではないだろう。山の湧き水でも流しているのだろうか。
そんなことを考えながら、距離感が狂うほど巨大な大聖堂まで歩いて行った。
ジグザグに続く階段を歩き続けて、ようやく大扉の前までたどり着いた。
上を見れば時計盤のある巨大な白壁がそびえ立ち、後ろを振り返れば自然豊かな渓谷が連なっている。ようやく頂上まで来たのだと実感した。汗ばんだ身体を吹き抜ける涼しい風が心地よかった。
「ふぅー……」
デューイは深く息を吸っていた。
どうも緊張してしまっているらしい。ここに来る途中から徐々に無口になりだしているのには気づいていたが、やはりそういうものなんだろうか。まあ、この大聖堂はたぶんレオス教の中心地的な場所のはずだろうし、ここが故郷だというならきっと思い入れでもあるのだろう。
デューイはこっそり家に帰ってきた子どもみたいに、その大扉を静かに開けた。
「――魔法のある異世界は存在する」
第一声で聞こえてきたのは、そんな一言だった。
慄然とした声色に思わず背筋が伸びて、一瞬で意識を奪われた。
「魔法道具こそが、その証拠です。人智を超えた偉大なる力を、神が授けてくださったのです。
我々はこの聖なる力で、何を為すべきでしょうか?」
ミサか何かの集会が行われているようで、壇上にて司教らしき老人が厳格な面持ちで喉を震わせる。豪華な衣装をまとった彼と、その後ろで人々を見下ろす天使と神の像、ロウソクの灯。それらすべてがステンドグラスから差し込む斜光で輝いている様子は実に荘厳だった。
「――それは、水の太陽の討伐です」
断言された言葉に、肩を並べて座る群衆は静かに聞き入っている。
斜光の届かない中央で劇場みたいに集まっていた。
「あの邪悪な姿を思い浮かべなさい。
肥え太った災いの豪雨をもたらし、陽光をさえぎる邪竜を。
我々の世界と、『空の向こうの世界』とを隔てる、醜悪な魔物を」
ふと壁の方を見やると、そこに立っているのは聖騎士たちだ。一定の間隔を開けて、剣の柄に手を置いて沈黙している。
影から人々を囲んでいるその様子は守護像を思わせた。
「これは試練なのです。
神は我々に災いをもたらし、同時に、それに対抗できる力――魔法道具を授けられた。
これが啓示でなくて何だと言うのです!」
少しずつ、司教の演説に熱が入り始めてきた。心なしか汗がにじんでいるようにも見える。自分も含め、暗がりにいた聴衆は少しずつ演説に引き込まれていった。
「……スロウさん」
しかし、横にいたセナがおもむろに服を引っ張ってきた。
前方に向いていた意識を、隣の少女に傾ける。
「うん?」
「上、見てください」
小声で指さす方向を見て、思わず声を出しそうになった。
そこに在ったのは、視界をびっしりと埋め尽くすほどの大量のルーン文字だったのだ。
天井に張り巡らされた|梁《はり》の向こう側に広がる、らせん状の空間。
その内部で、馬鹿みたいに巨大な機械が、ルーン文字を輝かせて蠢いていた。
垂直に近い角度で凝視してようやく気付く。
ここはどうやら、白銀都市で最も高い場所まで突き抜けていた鐘楼の真下だったらしい。
「魔物を一切寄せ付けない」という、伝説の魔法道具。
どうやらその正体は、ゼンマイ仕掛けの巨大時計だったようだ。
人々に時間を知らせる時計盤と釣鐘、その両方を司っているのがきっとあの装置なのだろう。
カチリ、カチリと時計のような挙動をしながら煌びやかに廻り続ける様子は圧巻の一言だった。
小さな部品の一つ一つにもルーン文字が刻まれているのではないだろうか。この剣に記されている一行程度のルーン文字などかわいく思えてくる。
あの密度は、ヤバい。
ヤバいけど、確かにこの大きさなら、水の太陽にも効果はありそうだ。
「いずれ我々聖騎士団が、魔法道具でもって、かの水の太陽を打ち倒すことでしょう。
そのためにも、ここにいるみなさんに協力してほしいのです。
我々からお願いしたいことは、一つです」
壇上の老人は、演説を続けていた。
大聖堂に集まった人々の顔をゆったりと見渡している。
……?
今、こっちのほうを見たような……?
「――家族を、大切にしてください」
しかし、すぐに視線から外れたようだ。
彼は胸に手を当て、どこを見るともなく訴えかける。
「その繋がりは光であり、温もりであり、力なのです」
司教は腕を開き、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「生きのびてください。
あなたのことを大切に想う人がいるのです」
人々は身じろぎ一つせず、酔いしれるように聞き入っていた。
「……レオスの導きがあらんことを」
司教とともに、祈りのポーズをささげる人々。
そこで集会は締めくくられ、群衆は静かに席を立ち始めた。
「うーんすごい演説だったな。聴き入っちゃったよ」
「私はもう満足です!
伝説の魔法道具も見られましたし!」
人々に紛れて外に出る。
出入口となる大扉の脇の方に三人で固まって、流れ出る人の往来を眺めていた。
「そんじゃ、いったん宿でも取りに行くか」
「え、なんでですか?」
スパっと切り込んだのはセナだ。さりげなく誘導しようとしていたデューイに物申す。
「デューイさんのご家族がいるなら、先に顔出してあげたほうがいいじゃないですか」
「そうだよ。それに、もしかしたら泊めてくれるかもしれないじゃん」
スロウも同調した。
宿代を払わなくて済むならそれに越したことはない。
わざわざ仲間の故郷に帰ってきて、打算的かもしれないが。
「そりゃ、そうだけどよ」
しかし、バツが悪そうに頭を掻く大男はあまり気乗りしないようだった。
そういえば、家族とはあまり仲良くないと言っていた。
詳しいことはよく分からないが、こういう悩みは早めに解決してしまった方が良いだろう。その方が本人のためにもなるはずだ。
「ほら、デューイ。行っちゃおうよ」
背中を押して、決断を促した。
「……わーったよ。
話をつけてくるから、お前らここで待ってろ」
渋々といった様子で離れていくデューイ。
なぜか城下町ではなく大聖堂の方に戻っていったが、まあ近道でも使うのだろうと勝手に解釈した。
「……あの、スロウさん」
二人きりになったこの直後、待っていたかのように口を開いたのはセナだった。
おずおずと切り出してきた彼女に視線を向ける。
「デューイさんが旅をやめるって聞いたんですけど……」
「うん」
「本当にいいんですか?」
唐突にそう問いかけられて、喉がつまった。
わずかに浮き出した沈黙の中で、スロウは視線を揺らす。こんなこと聞かれるなんて、ちょっと予想外だった。
心配そうに見上げてくる少女に、なるべく軽い調子で話そうとしている自分がいた。
「あはは、なんで俺に聞くの?」
「だってスロウさん、寂しそうじゃないですか」
しかし、セナは真剣だった。
笑いながら聞き返しても、まっすぐな目を変わらず向けてきた。
……これは誤魔化せないな。
壁に寄りかかるのをやめて、一歩、二歩と足を浮かす。
「それはあいつが決めることじゃないか。俺から言えることなんてないよ。
百歩譲って、寂しいのは認めるけどさ」
そう、なんだかんだでデューイとのやり取りを楽しく思っているのは事実だ。
もう少しくらい一緒に旅をしたい気持ちだって、当然ある。
しかし。
「自分の居場所がちゃんとあるんなら、それって幸せなことだろ」
スロウが旅するのも、同じ。
帰る場所を見つけるために旅しているのだ。
故郷に残りたがっている仲間のことを、どうして止められようか。
「……でも、後悔しそうな道は、選んじゃだめですからね」
返されたセナの言葉に、少しムッとした。
選ぶのはあっちの方だろう。
胸中で反発心が燻るのを感じたが、スロウの考えは変わらなかった。
誰だって、家族と一緒にいるのは幸せなのだ、と。
「そんじゃ、行くぜ」
戻ってきたデューイが向かおうとしていたのは、城下町の反対側だった。
「あれ? そっちって城の方じゃない?」
要するにさっきまで中にいた大聖堂の方である。
聖騎士団と相性が悪いデューイが、わざわざそちらに行くとはどういうことだろうか。
「まさか、実の親が牢獄に囚われてて……」
「ちげーよ!! 実はな……」
「――デュークガルツ!? 君か!?」
苦笑したデューイの背後から、一人の聖騎士が走ってくる。
いや……なんか普通の聖騎士と違うぞ。
シミひとつない緑色のマントをたなびかせて、その辺の聖騎士よりも一層温和そうな顔立ちをしている。デューイと同じ黒髪をポニーテールにまとめており、少しやせこけた頬にしわが浮かんでいた。
ってちょっと待てよ?
この人デュークガルツって呼んでたけど、もしかしてデューイのことか?
「久しぶりだな、アインズ」
「一体どこに行っていたんだ!? 二十年も音沙汰無しで!」
「なんだよ、心配してくれてたのか」
「当たり前だ! 弟のことを心配しない兄がいるか!?」
アインズと呼ばれたその聖騎士は、ものすごい剣幕で詰め寄っていた。
その口調とか、話の流れから察するに、どうやらこの二人は親しいようなのだが……。
え? あのデューイが、聖騎士と?
「あー、ま、分かんねえよな」
呆気にとられた二人に向き直ったデューイは、言いにくそうに笑いながら告白した。
「要するにだ。オレ、ここの大司教の息子なんだよな。
いわゆる……『王子様』ってやつ?」
訳が分からなすぎて固まった。
しかし、見るからに高い身分っぽいその騎士がデューイに詰め寄っている様子を見て、どうやら真実らしいと悟った。
へらへら笑いながらカミングアウトするものじゃないだろうと、そう思わずにはいられなかった。