「久方ぶりですね。そちらのお嬢さん……フラントール君も」
「はい! お元気でしたか?」
高身長の彼は胸に手を当てて、礼儀正しく挨拶をしてくれた。
中都市カーラルで別れて以来だ。奴隷商人を捕まえるのに一役買ったのはずいぶん昔のことみたいに思える。
「おい、村が依頼したジャッジ部隊ってのはお前たちかよ」
「それはこちらのセリフです。村の者たちが依頼した冒険者があなたたちだったなんて、考えもしませんでしたよ」
露骨に不機嫌そうな顔で出迎えたデューイに対しジャッジ部隊の長も負けじと鋭い視線を送る。時間をおいても、この二人の仲は簡単には縮まらないらしい。
スロウは、奥から現れた部下らしき隊員たちと顔を合わせて笑った。
「ただでさえ危険な任務だというのに、あなたのような冒険者がいるなど――。
……いや、そういえばあなたはA級でしたね」
「ふん、だからなんだってんだ」
突っぱねたデューイのことなど意にも介さず、何かを考え始めた細身の男。
ややあってから、彼は自分たちの方にも顔を向けてきた。
「スロウ君、フラントール君。君たちはあれから冒険者になったはずですよね。
今のランクは?」
「え、B級ですけど」
「ほう、なかなか昇級が速いですね。――使えそうだ」
顎に手を当てて、狡猾な蛇のそれと同じ目を浮かべていた。
何か企んでいる。
おずおずと兎耳の少女が手を挙げた。
「えっと、何かあるんでしょうか?」
「ええ。実は潜伏している魔人についてなのですが……」
「隊長!? 冒険者とはいえ一般人に情報を漏らすのは……!」
「いいえ、彼らもそれなりに腕が立つようですし、ひとつ協力してもらいましょう」
隊員の一人が何やら進言していたが、そのリーダーは構わずに話を続けようとしている。
何やらまずそうな雰囲気だ。
「おい、面倒事はごめんだぜ」
「報酬は払いますよ」
「話だけは聞いてやろう」
「切り替え早っ」
冗談かと思いきや、本当に報酬を見せてきた。
ヘンリーが合図をすると隊員が携帯していた小袋の一つを差し出され、中に金貨がじゃらじゃらとつまっているのを確認させられる。
どういうことか、と冒険者一同は視線をジャッジ部隊長に向けた。
ヘンリーは、周囲を警戒するように見回しつつ、顔を近づけてささやいた。
「この付近に潜伏しているのは、『エーデルハイドの魔人』かもしれないのです」
最初に顔色が変わったのはデューイである。
ぴりついた雰囲気を醸し出しながら、念を押すように彼らと視線を合わせていた。
「エーデルハイドっつうと、あの『魔人事件』の? そりゃ確かか?」
「……え、魔人事件? 何?」
あまり聞き慣れない単語に首をかしげると、隣にいた少女が口を開けた。
「スロウさん。人と魔人さんが対立してるのは分かりますよね。
その最初のきっかけになったのが魔人事件だって言われてるんです」
はぁ……と曖昧な返事をすると、どうやら状況をちゃんと説明すべきだと判断したらしい、ジャッジ部隊の長が、まるで講師のような口ぶりで話し始めた。
「魔法道具の有用性が周知されてなかったころ、魔物退治にはとある二つのグループへ期待が寄せられていました。
一方は君たちもよく知る魔人。
もう一方は、『エーデルハイド』と呼ばれる緋色の髪を持った一族です」
「……ん? じゃあ、魔人ってもともと味方だったんだ?」
さらりと聞き流しそうになったが、重要そうな情報をとっさに反復する。
「ええ。水の太陽と同じ能力を持つとはいえ、彼らの戦力はとても魅力的でしたから」
「気味悪がられてたけどな」
野次馬のごとく口をはさんだデューイを、話し手のヘンリーは無視した。
「一方、エーデルハイドの一族は特に戦闘に秀でた民族です。
その強さゆえに故郷を追われ、各地を渡り歩きながら集団で護衛を請け負っていたと言います」
そのエーデルハイドという一族は、それはもう鬼のように強かったらしく、一時期は『勇者の一族』なんて呼ばれていたそうだ。旅をしながら各地を渡り歩き、魔物を倒して人々を救う……。
身体を前のめりにした。
まるで英雄譚だ。
自分もやはり男で、こうした話は聞いていて胸が躍った。
「ですが、ある日。
その一族の中の一人が魔人と成り果て、同胞を皆殺しにしたのです」
――あっけなく口にされた言葉に、戦慄した。
皆殺しだって?
しかも、同胞ってことはつまり、自分と血のつながった人たち全員ってことか?
「それだけじゃねえぞ。当時、水の太陽の研究をしてたレオス教関係者も一緒に殺してる。
そんな経緯で、『魔人は悪魔に魂を売った人間』っていう風に言われるようになったのさ」
「いろんな噂がささやかれてますよね。
『一族の生き残りが魔人を匿ってる』とか、『複数犯でまだ仲間がいる』とか。
そのせいで、素性が怪しすぎる人は冒険者になりにくくなってましたし……」
「仕方のないことでしょう。そもそも事件の前から既に人々は不安を感じていましたから。
その不安が、事件を起に爆発してしまった」
――そうしてジャッジ部隊が編成されたらしい。今から三年ほど前のことだそうだ
以来、街中に魔人の姿を見ることはなくなったという。
「そんなやつが、この近くにいるかもしれないのか……」
「同じ戦闘民族の仲間を何人も倒してしまうほどの実力です。
もし本物なら、間違いなく苦戦を強いられるでしょうね」
不安になって、周囲を見回した。
さっきまでは大して気にならなかった森の影が、急に怖くなった。
と、ここで講釈は終わったらしい。
改めてジャッジ部隊の長は、スロウ達に向き直った。
「そこで一つ提案があります。
君たちもエーデルハイドの魔人討伐に協力してくれませんか?」
「俺たちがですか?」
討伐、なんて物騒な単語に後ずさりしてしまう。
「我々とて、正面きっての戦闘は得意ではないのです。
前衛が居てくれたら非常に助かる」
「要は囮になれってか? 嫌になるぜ、まったく。
おい、オレは反対だぞ。金が出るとはいえ、そんな面倒に巻き込まれるくらいなら戻った方がマシだ」
セナは無言のままだが、表情を見れば不安がっているのは明白である。
答えが残っているのは自分だけだ。頭を掻いて、口を開いた。
「悪いですけど、他を当たってくれませんか?
デューイはともかく、俺たちB級の冒険者には荷が重すぎる」
自分たちの実力はそれなりに理解しているつもりだ。
勝てない相手とは戦わない。生き残るにはそれがベスト。
出来ることなら、この誘いには乗らない方向で行きたい。
「俺たちは魔人に奪われた魔法道具を取り返しに来ただけです。
討伐なんて無理ですよ」
「なるほど。では、もし君たちが万が一、エーデルハイドの魔人と出くわしたら?」
「……うっ」
……痛いところを突かれた。
「魔法道具を取り返そうとしているのなら、件の魔人と遭遇する可能性は高いでしょう。
君たちの言う通り、あの魔人はB級冒険者の手に余る存在です。単独で動いた結果、為すすべも無く全滅、なんてことになったら目も当てられない。
ここは一つ、専門家の我々と行動を共にした方が得策ではありませんか?」
「むむむ」
変な擬音語で唸ったのはセナである。
直感的に話が望まない方向に向いているのを察知しているようだ。
「……相談させてください」
「どうぞ」
ジャッジ隊員から離れたところで、三人で円陣を組むようにして顔を近づけた。
「どうする?」
「うーん、わたしは賛成です。
ジャッジさんの言う通り、わたしたちだけじゃ危ない気がします」
「癪に障るが、オレも賛成だ。スロウ、お前は?」
少し考えてから、視線を上げた。
「俺も賛成かな。
でも、そうだね。せっかくヘンリーさんたちがいるのなら、俺たちが魔人を倒しちゃわない?」
「……本気かよ。さっきまで嫌がってたじゃねえか」
「だって、それなりの地位は確保できそうじゃない?」
よくよく考えてみたら、これはチャンスではないだろうか。
もし、かの凶悪なエーデルハイドの魔人を倒したら?
その先は簡単に予想できる。
はみ出し者から一転、英雄扱いだ。
危険を冒す価値はある。
「ここには七人もいて、しかもそのうちの四人はジャッジっていうエリート部隊だ。
可能性はありそうでしょ?
もちろん、狙うのはチャンスがありそうな時だけでいい。どうせ協力するだけで報酬はもらえるんだから」
「……そうですね! やってみましょう!
私たちも強くなりましたし!」
「だろ? デューイ」
最後に意見を求められた大男は、渋い顔で考えたあと、重い首を縦に振った。
「……いいだろう。ただし、危なくなったら逃げる、それは約束しろ」
「分かった」
「ふん、どうせやるなら本気でやろうぜ。あのジャッジどもを逆に利用してやろう。
表向きは魔法道具を取り返すってことにしてよ」
「いいね。それじゃ決まりかな」
円陣を解いて向き直った。
「ヘンリーさん、俺たちはあくまで『奪われた魔法道具を取り戻す』ために協力します。
それで構いませんか?」
「良いでしょう。我々は『魔人の討伐』を目的としています。利害は一致しますね?」
確認の言葉にうなずいた。
「よろしい。では探索を続けましょう」
そうして、スロウたち三人プラス、ジャッジ部隊四人の大所帯で森の中を探索し始めた。