第三十八話 エーデルハイドの魔人

 魔人、とおぼしき相手はあっさりと見つかった。

 さすがエリート部隊と言うべきか、ジャッジ一行はスロウたち冒険者が見つけられなかった痕跡を次々と発見し、順調すぎるくらいに探索が進んだ。

 そいつを見つけたのは、深い森の中のさらに奥地まで足を踏み入れてしばらく経ったころである。

 ひらけた広間のような場所だった。

 落雷で火事でもあったのだろうか、黒く折れた幹が太陽の下にさらされており、頭上をさえぎる物は何もない。
 すねの辺りまで生えた雑草群の一部が、獣道よろしく傾いており、その先に、謎の人物がしゃがみ込んでいた。

「……あれが例の魔人か?」
「うーん、なんだか……」
「どう見ても特徴と合わないよな」

 ――道中で聞いたヘンリーの言葉を思い出す。

『よいですか。エーデルハイドの魔人は、鮮やかな緋色の髪と、魔人特有の赤い目を併せ持ち、
 尚且つ、戦闘に弓を用いる人物です。
 この特徴に当てはまる者を見かけたら、十分に警戒してください』

 今、あそこにいる男の髪は、確かに赤だ。

 赤なのだが、なんというか、どこにでもあるようなくすんだ赤毛である。お世辞にも鮮やかとは言えない。それに、エーデルハイドの魔人が使うという弓も見えない。

「偽物か?」
「ジャッジさんたちも動いてないみたいですし、どうしましょうか」

 彼らエリート部隊は、相手を見つけるや否や姿を消してしまった。
 たぶん、広間ごと魔人を取り囲んで逃がさないようにしているのだと思う。
 森の影に身をひそめているらしく、よく観察しないとまともに視認もできない。

 攻撃のタイミングはこちらに任せるということなんだろうか。
 一言くらいくれても良かったのに。

「とりあえず、俺が話しにいってみよう。二人はそこにいて」

 まだあいつが一般人である可能性もある。

 何かあったら援護よろしくと伝え、茂みの影から身を出した。
 いつでも剣を抜けるよう、柄に手を置きながら歩き、まだ背中を向けている男に声をかけた。

「……ちょっと?」
「むっ」

 振り返ったそいつの目の色は……茶色。
 魔人の赤ではない。

 ……ひとまず、いきなり重力魔法で圧し潰される心配はせずに済みそうだ。

 そのまま『一般人に話しかけている』という体で話を続ける。

「いや、驚かせてごめん。このあたりで魔法道具を見てないか?
 近くの村から盗まれたんだ。確か……弦楽器の魔法道具だったかな」
「……貴様、取り返しにきたのか?」

 お、意外と早くしっぽを出してきたぞ。

 しゃがんでいたその男は、じっとこちらをにらみながら立ち上がる。

 そこそこ整った顔立ちだった。
 みずぼらしい格好をしていなければ、高貴な家系の出だと言われても納得してしまうかもしれない。

 そして、男はそのまま口を動かした。

「――立ち去るが良い。
 自分はあのエーデルハイドの魔人だ。あまり近寄らない方がいい」

 その所作に思わず吹き出しそうになった。

 前髪をかき上げ、顔を絶妙な角度に回しながら、やれやれと言わんばかりにスロウを見下してきたのだ。

 こいつ、酔ってんのか?

 完全に自己陶酔をキメた輩であるらしいと思いながら、とりあえず気になった部分を指摘する。

「でも、魔人って目が赤くなるんじゃ?」
「……目の色くらい、自分ほどの魔人となれば隠せるのだよ!!
 そんなことも知らぬのか?」

 中途半端な沈黙を挟んでから、やつは芝居がかったしぐさで胸を張った。
 というか誰が見ても芝居だと分かる。スロウは何か口を挟もうとしたが、やたらと舌の回る男はそのまま話を続けていた。

「自分は最強の魔人であるが、ムダな殺生はしたくない。
 この場は見逃してやろう。早く立ち去るが良い」

 なぜか明後日の方向を向いて偉そうに指図する魔人(?)

 スロウはチラリと後ろを向いて仲間たちを見やる。
 くすくす笑っているらしいセナの横で、デューイが『やっちまおうぜ』と面倒そうに拳を見せていた。

 ジャッジ部隊もよほど呆れているのか、まるで動く気配がない。
 ……この際、自分たちで懲らしめてやろうか。

 音叉の剣を、ゆっくりと引き抜いた。

「悪いけど、取り返すって約束したんでね」
「……むう……争いは避けられぬか……。
 ならば仕方あるまい!」

 途端に、男は手のひらを向けてきた。

 反射的に横へ回避。

 直後、自分のいた位置に、土の壁が隆起していた。

「あの村の者たちには済まぬが、魔法道具は生活費の足しにさせてもらう!」

 手のひらを向ける予備動作から重力魔法かと思ったが、どうやら手袋型の魔法道具を使っていたらしい。

 目の色も変化していないことから、相手は魔人ではないと断定。

 相手の視線を十分こちらに引き付けてから、仲間の名前を呼んだ。

「デューイ、セナ!!」

 瞬間、男の死角から飛び出す二人組。
 攻撃を加えながら男を取り囲み、三方向から攻撃を仕掛けた。

「む、むう……!」

 男は土の壁を隆起させて対処するが、そんなものでは止まらない。

 土壁を切り裂いて突進するデューイに加え、仲間の機動力を底上げするセナ、そしてまだ手の内を明かさずに立ち回るスロウ。

 相手がどんな魔法道具を使っていようと、三対一なら、負けない。

 

 ――男が防御する方向を絞ろうと、スロウ側に土壁を生成させた瞬間だった。

 チャンス!

 切れないはずの音叉の剣に、とある魔法道具の能力を再現させる。
 ずっと隣で戦ってきた黒騎士が使いこなす、その素晴らしい切れ味を――!

「ええい、食らうが良い! 必殺!」

 だが、男も切り札を持っていたようだ。
 壁の向こうから声が聞こえた瞬間、目の前の土壁が崩壊して何かが突っ込んできた。

 ――杭だ。

 スロウの頭めがけて下方から飛び出してきた土の杭である。
 考えるより先に身をかがめ、すんでのところで避けきった。

 周りを見渡すと同じような杭がいくつも隆起している。
 きっと上から見たら花のように見えることだろう。
 偽の魔人を中心に、斜め上を向いて突き出した土の杭が四方八方へと飛び出していた。

「むっ! やりすぎてしまったか!?
 だが、済まぬ! 自分は一足先に街へと向かわせてもらう!」

 仲間の安否が気になったが、すぐに二人は姿を見せてくれた。
 突き出した杭の下に身を隠しながら三人で集まる。斜め数十度という微妙な角度のせいで、セナの縦耳が片方だけ曲がっていた。

「どうする、すぐとっちめてやるか?」
「いいや、俺たちがやられたって思わせておこう」

 あの土の壁は厄介だ。魔法道具を使われる前に決着をつけたい。

 男はふくらんだずだ袋を必死に縛っているが、まだ時間がかかりそうだ。
 何もせずに静観し、息をひそめてその時を待つ。

「……怪我をしていたら申し訳ない!!
 いつかこの償いは必ずしよう! さらば!」

 ――今だ!!

 偽者の魔人が背後を向けたタイミングで、躍り出た。

 

 その時。

 

 ――男めがけて、質量を伴った何かが降り注いだ。

 衝撃派が円形に広がり、一瞬にして辺りは土埃で覆われる。

「なっ……!?」
「――戻れ、戻れ!」

 予想外の出来事に頭が真っ白になるが、デューイの掛け声でとっさに杭の下へ身を隠す。
 セナが風の短剣で砂埃をかき消そうとしていたが、手のひらを向けて制止。まだ、様子を見るべきだと思った。

 目をこらして、影の向こうを窺う。

 

 次第に薄くなっていく土埃の真ん中にあったのは――――金色に光る線だった。

 男の周囲を閉じ込めるように突き刺さったその黄金の矢の群れは、しかし、すぐに消えてしまう。

 

 直後、カエルがつぶれたような声がして、男が何者かに組み伏せられた。

 その小さい影は、何もないはずの上空から降りてきたように見えた。

「――ひとつ聞きたいんだけど」

 明らかに、少女の声だった。

 やがて土埃が晴れて、様相があらわになる。

 その少女は、海のように深く暗いマントをたなびかせ、ルーン文字の刻まれた弓に、金色に輝く光の矢を構えている。
 地に伏した男と見比べてみれば、明らかに彼女の方が小柄であると分かるだろう。にも関わらず、身じろぎ一つすることすら憚られる、異様な存在感をはなっていた。

「あたしの名前で野蛮な行為を働いてる男ってのは、あんたのことかしら?」

 そう言い放って、彼女は大きなフードを外した。

 燃えるような緋色の髪と、魔人特有の、赤い瞳。

 話で聞いていたそれよりも、もっと鮮やかな髪色だった。
 その身を覆い隠していた暗いマントとは対照的な紅色を認識して、その正体を直感した。

「――エーデルハイドの魔人!?」

 まごうことなき本物の『魔人』が、姿を現したのだった。