第七十九話 突きつけられた選択肢

 翌日はオアシスの都市を散策することにした。
 金を稼ぐにしろ、情報収集を試みるにしろ、まずは外に出てみなければ分からない。

 涼しく快適な宿の中から出ると焼けるような砂漠の日差しが降り注いでくる。
 日陰と日向でずいぶんと気温差があるが、それも慣れたものだ。
 眉間にしわを寄せながらその強烈な光量に目を馴染ませ、眠気を発散させようと歩き出した。

 とりあえず、この街のどこに何があるかを把握することにしよう。

 現在はもう宿代すら手元にないのでとにかく金を稼ぐ方法を見つけるのを目標とし、辺りをふらふらと見て回ってみる。

 途中では背の高い木がまるで頭をかしげるように暑い風に揺れ、その大雑把な葉の下で布地を直接屋根として使う露店が広がっていた。中には、コブのように地面から出っ張った大岩をくり抜いてそのまま店にしているところもある。

――そこでふと、視界の上の方を飛び回っている人影に気が付いた。

 魔人だ。
 重力魔法で屋根の上をひょいひょい飛んで移動しているようだ。
 褐色肌の人間だけでなく山羊頭の種族やその他のよく分からない種族もいる。
 やっぱりどの種族でも目が赤く変化するのか。

 なかなか楽しそうだ。屋根の上なら障害物を迂回する必要もないからきっと最短距離で目的地までたどり着けるのだろう。

 中には常人には持つことすら困難な大荷物を軽々と浮かべて移動している人物もいて、思わず二度見してしまった。
 なんであんなの持てるんだと疑問を抱き、「ああ、重力魔法か」とすぐに納得する。
 この街には「魔人の配達人」っていう職業でもあるんだろうか。エフィールだったら簡単になれそうだが。

 ちなみにそのエフィールとは別行動している。
 彼女はいま、自分と同じようにこのオアシスの都市のどこかを一人で見て回っているはずだ。
 理由は……なんとなく察して聞かなかった。
 少なくとも夜に宿で合流することになっているので、その時に情報共有をする予定である。

 閑話休題。

 重力魔法の使えないただの一般人であるスロウは、地道に土の上を歩いて移動する。
 点々と生えている青い草むらを避けつつさらに足を進め、でかいオアシスにたどり着いた。

 オアシスは今まで見たことがないほどに澄み切った水で満たされていて、その近くに豊かな水を引いた畑が数多く見受けられた。そこで謎の作物が栽培されているのを発見して、思考をめぐらせる。

「……畑作物の収穫とか手伝わせてもらえないかな……」

 そうつぶやきながら、頭の中の地図にどんどん印をつけていく。

 ――そんな風にして地形を把握しつつ、金稼ぎになりそうな出来事がないか見て回った。

 夕暮れまで一通り散策を続けて分かったことはいくつかある。

 まず、魔法道具について。
 ここでは豚人族の集落のように、住人から魔法道具を回収するような制度は存在しないようだった。実際に魔法道具を持って歩いている者は何人か見かけた。

 ただ……これはまだ不確定だが……どうもこの街には魔法道具を貸し借りする風習があるらしい。

 しばらく様子をうかがってみたが、魔法道具を借りた者はそれで何かしらの問題を解決したあとはすぐに持ち主に返してそれで終わり、というパターンが多い。

 でも、物品を借りたままどこかへと行ってしまうやつがいたり、持ち逃げされた方もされた方で追いかけるでもなく慣れた様子でその場から立ち去っていくところを見た時はさすがに驚いた。どうなってんだこの街は。

 治安が良いと言えるのかどうかはまるで見当がつかないが……とにかく、自分たちの魔法道具はなるべく隠しておいた方がいいかもしれない。
 今のところ貸し借りどころか、まともにコミュニケーションもとれないのだ。
 剣を隠す布なんかを早めに手に入れる必要があると思った。

 二つ目、金稼ぎの手段について
 これに関してははっきりとした方法は分からずじまいだった。

 ただ、一応手がかりを見つけることには成功する。

 ……それは、外の砂漠に近い場所にあった。

 特にまわりと大差のない、角ばった薄黄色の壁と屋根で構築された建物で、まわりと同じように四角にくり抜かれたような入口が開かれている。
 別にそれだけだ。新参者であるスロウには、そこに出入りする者の特徴すら判別できない。

 なのに、なんというか……そこだけ冒険者と同じにおい・・・を感じたのだ。
 雰囲気、というか。とにかく不思議な縁みたいなものを感じたのである。

 完全に直感でしかないが、どうも気にかかるので翌日以降もそこを訪れることにした。
 たぶんあそこでなら自分の力が役に立つと思う。そんな予感がした。

 ……オアシス都市を回って分かったのはこれくらいか。
 あとは、途中で未練がましく異大陸語を使ってみたけどやっぱり通じる相手はいなかったってだけだ。

 涼しさがにじんでくる夕暮れを確認して、大部屋の宿に戻り始めた。

「――エフィール、そこに居たか」

 彼女は、屋根の上にいた。

 夜の砂漠の涼しさに息を白くさせながら声をかけると、魔人の少女は赤い髪をわずかに揺らしてこちらに視線を送ってくる。
 そのまま黙って重力魔法を使ってくれたらしく、スロウは自分の身体が軽くなったのを感じた。すぐに屋根の上まで跳躍し、トッと軽く着地する。久々の感覚だったので少し楽しかった。

「ありがとう。いい眺めだな」

 上を見れば、遮るものは何もない星空が広がっていた。
 よほど空気が澄み切っているのか昼とほとんど変わらない明るさで、大小さまざまな星々が視界を埋め尽くさんばかりに輝いている。この都市はあまり高低差のない街なので、きっとどこに居ても、屋根の上に登ればだれでもこんな景色が拝めるのだろう。

 頬に当たる風はとても涼しかった。
 寒い、というほどの温度ではなく、それなりに落ち着いた状態で夜空を見上げることができる。
 昼間に漂っていた嗅ぎ慣れないにおいは既に半分消えていて、代わりに爽やかな空気が街の隙間に流れていた。

「……言葉が通じる相手とかは、見つかったの?」

 先手を打ってきたのはエフィールの方である。
 視線を下げて、星空の薄明かりに照らされている彼女と顔を合わせた。

「んー、やっぱり居ないみたいだ。
 情報収集もできなさそうだし、しばらくはここでお金を稼いでどうにかやってかなきゃいけないかもな」
「……そう」
「あと、魔法道具はなるべく隠しておいた方がいいかもしれない。
 その辺を歩いてたら魔法道具の貸し借りをしてる場面に出くわしたんだ。
 トラブルを避けるために魔法道具はお互い隠しておこう」

 とりあえず、自分が得てきた情報を伝える。

 彼女は黙ったままそれを聞いていて、自分が一通り話し終えると途端に沈黙が生まれた。
 あたりにはビィーッ、ビィーッという聞き慣れない虫の鳴き声がしていた。

「あたしの方は、あまり大したことしてなかったわ。
 ……ごめんなさい」

 エフィールはそう言って申し訳なさそうに視線を流した。

 ずっと街を見てたのかと聞くと、彼女は首を縦に振って、またオアシスの都市をぼんやりと眺めだす。ずいぶん儚げな雰囲気だった。ただでさえ小柄な体格をしているのに、膝を抱えて座っている今の彼女はなおさら小さく感じられた。

「お前、これからどうするんだ?」

 スロウが口にした問いに、エフィールは不機嫌そうに金色の瞳を曇らせた。

「どうするって……どういう意味よ?」
「この世界に残るのか?」
「……」

 唇を噛みしめてうつむいた彼女に向かって、言葉を続ける。

「もう分かってるだろ?
 ここには魔人を嫌ってるやつなんかいないし、
 ましてやお前のことを知ってるやつすらも居ない。
 ――ぜんぶ、やり直せるじゃないか」

 そこでふと、もとの世界ではエーデルハイドの魔人が死亡扱いになっているということを思い出したが……伝える必要は無いと考えた。

 スロウは黙ったまま彼女の返答を待つ。

「……もう少し、あんたのとこに居させて。
 まだ、決められないわ」

 それだけ言った彼女は、屋根から降りて姿を消した。

 少し時間を置いてから大部屋に向かったスロウは、エフィールが寝息も立てずにハンモックに揺られているのを見て、何も言わずに眠りにつくことにする。

 ――それから、数日が経過した。