第百十八話 とある地下の洞窟で

「さて、そんじゃスロウ、まずは何から……」
「冒険者さま……!
 勝手にうちの奴隷に手を出すのは……!」

 そこで、デューイの背後から割り込むように視界に入ってきたのは天樹会の男だ。

 デューイと一緒にこのリラツヘミナ結晶洞窟に入ってきたのだろうか。

 他の天樹会メンバーと同様、質の良さそうな衣服に脂ぎった身を包んでいたそいつだったが、突如としてその肥えた鼻っ面にA級冒険者の裏拳が炸裂した。

「悪い。気が変わっちまった。
 ここまで案内してくれてありがとよ。
 お前らからもらった金は大事に使ってやるから……
 って、もう聞いてねーか」

 どうやら一撃で気絶してしまったらしいそいつを見てへらへら笑っていたデューイが改めてこちらに向き直った。

「うし。これで邪魔者はいねえ。
 で? なにから話す、スロウ?」
「……出口、どこ?」
「ああ、こいつが知ってる」

 デューイが自分の背後を親指で示した先には、気絶して伸びている天樹会の男が。

「――いや情報引き出せないじゃないか!?
 どうすんだよ!」
「うるせー!! むかついたんだからしょうがねえだろ!!」
「これじゃ出口探せないじゃん!
 てゆうかデューイ、ここまで来れたんなら知ってるはずだろ!」
「機密事項とかなんとか言われて目隠しされてたんだよ!!」

 言い訳がましくほざきながら頭を掻いている大男に呆れつつ、どうにもできないので「まあ、あとで起こして聞き出そうか」とため息をこぼした。

 

 ――思えば、こうして顔を合わせられたのはべレウェルで離れ離れになって以来か。

 

 聞くところによれば、デューイは東のほうでずっと俺を探してくれていたらしい。

 A級冒険者の地位を活かして捜索していた最中に、
 セトゥムナ連合から俺の手紙が届いたとのこと。

 それでこの国に移動を開始したデューイだったが、
 とある組織からの支援を受けられたおかげでかなり早く到着できたらしい。

 その組織というのが、他ならぬ天樹会である。

 どうやら以前から勧誘があったそうでたびたび破り捨てていたが、
 俺からの手紙が届いたことで事情が変わり、
 天樹会からのスカウトを急遽きゅうきょ受けることにしたようだ。

 ちなみにスカウトの内容は、このリラツヘミナ結晶洞窟の攻略依頼だとか。

 そうして『A級ダンジョン攻略の支援』という名目でやってきたデューイは、セナの家族――フラントール族の騒動や、『龍剣』スロウと名乗る代理決闘者が奴隷に落ちたことなどを知り、そのまま天樹会を利用してここまで来た……という経緯らしい。

「いやぁ、楽な旅だったぜ。
 三食豪華な飯がついてきてな。
 アゴで召使いを使うときがくるなんて思ってもなかった、ぐはは」
「こいつ……俺たちが大変な思いしてるときに……」
「そう言うなって。
 予想してたより早く合流できたんだからよ。
 最初は手紙の指示通り、嬢ちゃんの故郷に向かってたんだが……
 後ろの伸びてるヤツに聞いてるとどうやら無駄足になりそうだったんで直接こっちに来たってわけだ」

 ……とりあえず経緯は分かった。

 それじゃ、デューイはまだ天樹会とは敵対してないって思われてるのか。
 すぐそこに気絶させられた一員がいるものの、そいつの存在さえバレなければ、デューイは奴隷にされた俺たちと違っていろいろ動けるはず。
 手首を見るに、あの電撃が流れる手枷もないみたいだし。

 というか、それ以前にデューイが持ってる断切剣ならこんなの簡単に切って外せるかもしれない。
 ようやく脱出の糸口が見えてきた。

「さて……とりあえずオレの方はそんな感じだ。
 それで、そっちはどうだったんだよ。
 水の太陽に転移されてからどうやって戻ってこれた?」
「それは……今話さないとダメ?
 身体のあちこちも痛いし、脱出してからでも……」
「ダメだ、いま聞かせろよ。
 抜け出すのなんてその気になりゃすぐできるだろ?
 つーか、あの魔人の娘とかもどうなったんだよ?
 転移に巻き込まれてたよな? お前と一緒に」

 エフィールのことだ。

 ここに来る途中で会わなかったのかと一瞬思ったが、そりゃそうか。
 セナの故郷に寄らずに来たみたいだったし、知らなくても無理はない。
 むしろ、まだうまく正体を隠せていることが分かってちょっとホッとしながら視線を上げた。

「信じられないかもしれないけど、エフィールは――
 エーデルハイドの魔人は味方になった」
「…………マジ?」
「マジ。
 一緒にこっちまで戻ってきて、たぶん、今もまだセナの故郷を守ってると思う」
「…………」
「ほんとだって。
 そんなに疑うなら、セナが目覚ましたあとに聞いてみなよ。
 もう本人と会ってるから」
「……マジかよ……」

 薄暗い洞窟のなかだが、それでもデューイの理解に耐えがたそうな表情がはっきりと見て取れた。

「そうだ、俺のことも少しわかったよ。
 俺、異世界人だったみたいだ。
 ずっと探してた故郷も、たぶんこの世界にはないみたい」
「……ああ、やっぱりそうだったのか……。
 ……言いにくいんだが、実は前々からなんとなくそう思ってた。
 悪いな、隠してたみてえで」

 申し訳なさそうに視線を逸らす大男だが、正直その反応は予想していた。

「俺も言いにくいんだけど、デューイがそう思ってたこと自体、実はもう知ってる」
「はぁ?
 …………オレ話したことあったか?」
「いいや。
 転移されたあとに、魔法道具使って一度だけデューイの様子見れたんだ。
 正確にはデューイとヘンリーさんが話してる場面だったけど、その時に」
「盗み聞きはよくねえぞ」
「ごめん」
「つーか、いったいどこに転移させられてたんだ?
 まるっきり手がかりの一つも見つけ出せなかったんだぞ」

 何日、何週間歩いても途切れない広い砂漠地帯だと教えると、
 「そんな土地は聞いたことねえ」とデューイが目を見開いていた。

 そこで出会った不思議な種族や文化だったりも伝えてみたもののやはり初めて聞く内容だったらしく、好奇心にあふれた野蛮人のような眼差しで何度も何度も話をさえぎられた。

 久々に、楽しい時間だったと思う。
 こんな、薄暗い洞窟のなかで、偽物の星空をときどき見上げながら話すのはこんなに面白いものだったっけか。
 今までずっとなにか感情が消えたような毎日を送っていただけに、晴れやかさが桁違いに感じる。
 相変わらず身体のいろんなところは痛むし洞窟内の空気だってよどんでいるのに、気分ひとつ変わるだけでこんなにも違うものなのか。

 

「……う……?」

 

 そんな風に夢中で会話を交わしているときだった。
 すぐそばで意識を失っていた大事な仲間の一人が、気だるそうに腕を動かすのを視界にとらえた。

「セナ! 気が付いた?」
「…………?」

 まだ覚醒したばかりだからだろうか。
 きれいな眉間にしわを寄せ、曖昧なまなざしであたりを見回している。

 セナの意識が戻ってくれたようだ。

 頭から血を流して倒れたので最悪目覚めないのではないかと心配していたが……
 とにかく、無事でよかった。

「よ、嬢ちゃん。
 久しぶりだな」
「…………」

 上体を起こしてぼんやりとデューイの顔をまじまじと見つめるセナ。
 反応が鈍いが、いきなりのことで混乱しているのだろう。
 細い背中を支えてあげながら状況を説明してあげた。

「驚くのも無理はない。デューイが来てくれたんだ。
 前に決闘で勝った時にさ、手紙を出してたんだよ。
 それが届いたんだ」
「……えっと……」

 

 ――そこでハッと目を見開いた、半獣人の少女。

 気づいてくれたかと感慨深く思っていると。

 

 支えていた手をいきなり振り払われた。

 

「えっ……」
「あっ、あの、ごめんなさい……。
 あなたたち、誰ですか……?」

 

 一瞬、何を言っているのか分からなかった。

 どうしてそんなことを口に出したのか分からなくて固まっている矢先に、

 三人の中で誰よりも困惑している様子のセナが、
 こちらの顔を伺うように口を開いた。

 

「お二人とも、わ、わたしの知り合いの方……?
 ですか……?」

 

 

 ――その言葉で、ようやく、何が起こったのかおぼろげながらに気が付いた。

 そして「まさか」と思った。

 

 藁にもすがる思いで試みたが、セナは俺たちが予想していたとおりの反応を返してくれることはなかった。
 自分たちのことを改めて教えたり、
 セナ本人について知っていることを話してみたが、
 彼女はなにも共有できるものを持っていないみたいだった。

「それなら」と今度は彼女の好きだった魔法道具のことを話して聞かせた。
 それもダメだったので今度は違う話を聞かせた。
 でも、それもダメで……。
 次第に、申し訳なさそうに謝るセナの姿を見て罪悪感さえ芽生えてきて……。

 それでも俺は覚えてる限りの話を聞かせた。

 

 俺はデューイが来る前の、他の奴隷とのちょっとした小競り合いを思い出した。
 あの時セナは、頭を強く打たれたのだ。
 打ちどころが悪かった? そんな、嘘だ。

 

 かなり長い時間をかけても、俺たちは受け入れられなかったのだ。

 ――セナの記憶が無くなったという、事実を。