第百三十五話 協力者と証人

何が起きてる?

切らした息を整えながら、デューイに視線を送ろうとした途端——。
明後日の方角から、剣閃が首元まで伸びてきた。

「……!」
「スロウさん!」

容易に弾き飛ばされ、地面を転がりながら慌てて顔を上げる。

 

「誰だか知らんが、邪魔せんでもらえんか」

 

しゃがれた声に、腹の底が震えたように錯覚した。

服の上からでも見て取れる細い足、シミの跡だらけの肌、骨ばった手。
体格は典型的な老人のそれなのに、
わずかのブレもない重心の安定感が、只者ではない雰囲気を裏付けている。

しわだらけの老いた顔に浮かんだ異様なまでに鋭い眼光が、
猛禽のようにこちらを見下していて、一切の動きを封じられた。

冷や汗が出てくるのを感じながら視線を下げると、
老人がぶら下げているのは、魔法道具ですらない、一般に流通されている長剣だ。

セトゥムナの奴隷たちが持っているのと同じなまくらの剣のはずなのに、
先ほど首元に迫ってきていた光の筋を思い出して、思わず固唾を飲んだ。

 

「すまんが、儂はわけあってその研究者を殺さねばならん」

老人の言葉に青ざめた表情をしているイズミル。
それをデューイがかばうように立っているのを見るに、
やはりあいつを守っているのは確からしい。

状況が読めないが、どっちにしろもう首を突っ込んだのだ。
エフィールの裁判までは時間がない。

「待ってくれ!
その赤い髪……エーデルハイド族の人ですよね?
エフィールのことで話がある!」

乾いた喉を震わせながら老剣士を見上げる。
短く荒れているが、その鮮やかな赤髪はエーデルハイド族のそれと同じ。

頼む、知り合いであってくれ……!

 

「……あの子を知っとるのか」

 

来た!

わずかに軽くなった威圧感に希望を感じながら答えようとしたが、
相手が顎に手を当てて考え始めたのを見てぐっと抑えた。

「ふむ……」
「……」
「……おい、若いの。
一時休戦じゃ」

老人が顔を向けていたのはデューイのほうだ。

「オレのことかよ」
「ほかに誰がおる。
そっちの研究者も楽にせい」
「し、信じていいのか?」
「どうも儂が聞いていた話と違うようじゃ。
ここにいる者たちで整理がしたい。
……ただし!!」

老人はなまくらの剣を腰におさめ、またこちらに視線を戻してきた。

「……偽った場合は即刻、斬る。
よいな? 小僧」

――圧を加えられつつも「もちろんです」と返事した。

 

序列一位の男は、話の通じる相手だったらしい。
俺たちは互いに剣を収め、
『赤髪の剣鬼』ことジェドフェン・エーデルハイドと話をする機会を設けることに成功した。

 

 

「——はァ!?
おいてめえ、ミラの居場所を知ってるってのは嘘だったのかよ!?」

デューイに詰め寄られたイズミルが、気まずそうに顔をそらした。

「てんめ、このっ……マジ……!」
「言葉が出てきてないぞ、デューイ……。
怒るのも無理ないけど……」

 

まず、デューイがイズミルをかばっていた件について。

これはイズミルがデューイにとって必要な情報——つまりミラの居場所を知っているからだったらしい。
それで、序列一位に命を狙われていた彼を助けたと。
だからさっきイズミルを守ってたのか。

結局嘘だったらしいが。
前に俺たちのこともハメてきたし、ほんとうに信用ならないなこいつは……。

「し、しょうがないだろ!
そう言わないと助からないって言われたんだから……」
「言われたって誰にだよ」
「……神さま……?」
「お前ぶっ殺すぞ」
「ま、まあまあデューイさん……。
ほら、食べられるものありますから。
とりあえず食べましょう? ね?」

セナが空を飛ぶ舟から持ってきていた甘い果実をかじりながら、デューイがため息をついた。

「そういえばデューイ。
『探し物がある』って言ってしばらく別行動してたけど……。
あれって自分の師匠探すためだったのか?」
「ああ、そうさ。
正確には、『探し人を見つけられる魔法道具』があると思って天樹会に殴りこんでたんだよ。
しばらく暴れてたら、このうさんくせえ研究者が
『知ってるから助けてくれ』って泣きついてきてよぉ。
そしたらそこのクソ強いジジイと戦うはめになって……大変だったんだぞ」
「ふ、ふん! 知らないね。
僕はまだ死ぬわけにはいかないのさ。
どうしても成し遂げなきゃいけないことがある。
それを果たすまではどれだけ罵られたって意地汚く生き延びてやる」
「よし一回殴らせろ」
「まあまあデューイさん……」
「つーか、お前らなんでこんなとこにいんだよ。
拠点移したんじゃなかったのか? 例の舟の魔法道具とやらは?
何が起きてんのかさっぱりだ」

と、不満の矛先がこちらにも向いてきた。
こちらもいろいろあったので説明すると長くなりそうだが……
とりあえずこれだけは話しておくべきだろう。

「デューイ、さっき師匠を探してるって言ったよな」
「おお」
「会ったぞ」
「は?」
「助けられたんだ、俺もセナも。
まだこの国にいるはずだから、そのうち会えると思うぞ」

訝しげに眉を寄せていたデューイだったが、
こちらが嘘をついていないと分かった瞬間にみるみる目が見開いていく。
かと思ったら、今度は急にでかいため息をついてうなだれた。

「はあぁぁぁぁ……なんだよクソ……。
じゃあそこのジジイと戦う必要無かったのかよ……。
とんだ無駄足だぜ……」
「あれ!? 喜ぶかと思ったのに」
「どーせ俺がいなくなったタイミング見計らって出てきたんだろ? あいつ。
そういう女さ。こんな苦労させられんの久々過ぎて参るぜ……。
会ったらぜってー文句言ってやる……」

ぐちぐちと垂れているデューイをよく見ればその目元には明らかに疲れが見て取れる。
ジェドと戦うのはかなり神経を使ったらしい。
それもそうか、相手は序列一位の決闘者だ。
かなり長い時間戦っていたらしいが、この老人相手によく持ちこたえられたな……。

ちらりとそちらに目をやってみると、ジェドフェン・エーデルハイドは近くの樹にもたれかかって腕を組んでいる。
さっきから全然こちらに背を見せていない。
常に全員が視界入るように立っているあたり、警戒心をありありと感じる。
まいったな、どうにかしてこの人に協力してもらわないといけないのに。

「……小僧、まだお前の話を聞いておらん。
お前、エフィールとはどういう関係じゃ」

と、こちらからの視線に気が付いたのか、にらみつけるように顔を向けられた。

心のなかで自分の頬をひっぱたく。

まずはこちらの目的を話さなければ。
どうせ自分たちだけじゃエフィールの無罪を証明することは不可能なんだ。
手を貸してもらうためにとにかく誠実にいこう。

「……大事な、仲間なんです。
魔人事件の裁判が行われるのは知ってますよね。
裁判って体裁だけど、ほぼ間違いなくエフィールは処刑される。
それを食い止めたいんです」
「裁判じゃと?」
「え、いま、魔人事件って言ったか?」
「てめえは黙ってろ、この嘘つき」

なぜか反応したイズミルはいったん置いといて……。
しわくちゃの眉根をさらに歪めたジェドが、ぶつぶつとつぶやき始めた。

「そんなこと、あやつは――。
……いいや。
そうか、さすがは『謀略』のツク。
うまく煙に巻かれて遠ざけられていたというわけか……」

ふぅーっ、と深いため息をついた老剣士が、短い赤髪をがしがしと掻いた。

「知らなかったんですか? 裁判があること」
「儂が聞いていたのは、あの子が……
エフィールが森林学院にいるということだけじゃ。
事を知ってすぐに探そうとしたんだがの、
いろいろと面倒事が重なって足踏みしておった」
「その面倒事ってのがこの嘘つき野郎をぶっ殺すことだって?
ずいぶんと平和的な面倒事だなあおい」
「おや、歳を食ってるわりにはお粗末な嫌味よのう、若造。
剣術ばかりでなく語彙も磨いたほうがいいのではないか?」

おお、この人なかなか言うな。
頬の引きつってるデューイには悪いがちょっとだけ面白い。
すぐに言い返さないのは疲れてるからかな。

っと、話が脱線した……。

「今度はこっちから聞いても?
ジェド……さん。
あなたはエフィールとはどういう関係ですか?」
「別に。
遠い昔に二言三言話したことがあるだけじゃ。
大して思い入れがあるわけではない」
「…………」
「安心せい。
おぬしらには協力する。
あの子を助けたいのは本心なのでな」
「へーホントかなァ……?」
「デューイさん、ダメですよ」
「——ま、儂にできることなどたかが知れておるが。
そもそも儂は魔人事件のときには一族の群れから抜けておったしの」
「えっ!?」

驚いて目を見開くと、老人は淡々と言葉を続けた。

「当時の儂らは疲弊しとった。
水の太陽が現れて、命がけの仕事が続いて。
そんな時に群れの長から相談されたのよ。
『別行動をしていてほしい』とな。
兵力の分散は戦の基本。
全員一か所にまとまり続けて何かの拍子に全滅、となったら集団は生き残れん。
儂は保険として、群れの外に一族が生きられる道を探すように求められた」

――残った幾人からは「追放された」と思われておったようだがの。
と、ジェドフェン・エーデルハイドは両手を見せるジェスチャーを示してきた。

「じゃから魔人事件が起きたときには儂はその場におらんかった。
事を知ったのは、あとになってからよ」

それは、ちょっと困るぞ。

欲しいのはエフィールの無罪を証明できる存在なんだ。
いくら同じエーデルハイド族だとしても、
事件当日その場にいなかった人間がいくら養護したって意味がない。

汗がにじんできた。
裁判が行われるのは明日——いや、もう今日だ。
このままじゃ間に合わない。

 

 

「な、なあ」

と、そこで口を挟んできたのはイズミルである。

「なんだよ」

こっちはいま構ってる暇はないんだ。
証人がいないんだったら、取れる手段はもう力づくくらいしかない。

エフィールをどうにか奪還して……。
ああ、でも本人が望まないか。
くそ、面倒くさい性格しやがって!!

 

「その……エフィールって名前の人って、
もしかしてでっかい弓を使って戦う女の子だったりするか?」
「…………うん?」

 

……あれ、会わせたことあったっけ?

いや、無いよな。
イズミルと初めて会ったのはセナと一緒だった時だけだ。
エフィールはそのときフラントールの里にいたはず。
ていうかそもそもまだ『エーデルハイドの魔人』として生存してることがどこにもバレてない状態だった。

「あの女の子が、処刑されるって……?」
「なんでお前が気にするんだ?
面識ないだろ。
ていうか、どうしてエフィールの使う魔法道具知ってるんだ?」
「そういえば」

口を開いたのはジェドだった。
彼は低い声でうなりながら、記憶を探るように顎に手を当てた。

「お前さん、もともと国外の研究所に所属していたんだって?
レオス教とも関係のあった、魔法道具専門の施設の出身と聞いたが」

 

レオス教……魔法道具……研究所……。

……あっ?

 

「なあデューイ」
「おお?」
「確認したいんだけどさ……。
魔人事件が起きた場所ってどこだったっけ?」
「場所?
あー、たしか……。
魔法道具の研究所だったな……あ」

 

本人のほうに目をやれば、
何かを悟ったらしいそいつは茫然として口を開けていた。

「イズミル。
お前、こんな光を出す弓の魔法道具、見覚えあるか?」

音叉剣を使って、エフィールの光の弓矢を形だけ再現させる。
念のために矢を放ってみせようかとも思ったが、その必要はなかった。

再現物を目にした瞬間の動揺っぷりが、ぜんぶ物語っていた。
俺はゆっくりと、確かめるようにそいつに近付いていった。

「お前——
お前がいたのは、あの研究所なんだな?
そうなんだな!?
魔人事件が起きた! あの!」

茫然としているそいつの肩を掴んで揺さぶり、目を覗き込んで確認した。
否定しない。確かだ。

あの光の弓矢も、エフィールのことも知っているのなら、間違いない。

 

「イズミル、お前……!
『魔人事件』から生き残った研究者だったのか……!」

エフィールの無罪を証明できるのは、同じエーデルハイド族のジェドじゃない。
こいつだ。