第百三十七話 茶番劇の裁判

 ——エフィール視点——

 

 自首というものを初めて経験したけれど、
 最初に抱いた感想は「ずいぶん丁寧に扱ってくれるんだな」だった。

 もちろん最初はハチの巣をつついたような騒ぎだった。

 ほんとうに首を差し出しに来るとは思ってなかったんだろう。
 慌てた様子で武器を向けてくる天樹会の兵士たちにどう説明しようと困っていたら、
 あのジャッジの細男がすぐに駆け付けてきて、あれよあれよという間に拘束された。

 この時点で首を飛ばされてもおかしくないと思っていたから拍子抜けだった。

 

「……あなた一人、ですか」

 どこかへと連れられたあとに、あたしを裁くジャッジ様はそう聞いてきた。

 声色は物静かだ。警戒心は感じるけど怒ってるようには聞こえない。
 ただ困惑しているような印象だった。

 そりゃ当然か。
 わざわざおとなしく処刑されに来るようなやつはあたし以外にはいないだろう。
 むしろ罠かなにかだと疑っているのかもしれない。

「そうよ。
 仲間は誰も来ないから安心していいわよ。
 ま、信じてもらえないでしょうけど」
「……」

 ちなみにいまは目隠しをされているから何も見えない。
 ついでに両腕、両手首も、布かなにかでぎちぎちに巻かれている。

 たぶんあたしの重力魔法の対策だ。
 発動地点の特定に視界や手を感覚的に用いるのを理解しているのだろう。
 さすがは魔人狩りのプロフェッショナル。抜かりないわね。

 そこで、もう一人誰かが近づいてくる気配がした。

「……早く裁判を初めてしまいましょう、ジャッジ殿。
 我々、天樹会はいくらでも協力します。
 すでに私たち組織の重鎮は集めております。
 公式に声明を出すには十分な舞台でしょう」

 声ですぐに分かった。あの舟を狙いに来たやつね。
 用があるのはあたしじゃないみたいだけど……。

「失礼ですがツク様。
 私には刑を執行する権限がすでに与えられています。
 いっそこんな茶番劇の舞台など用意してくださらない方が手間が省けたのですが」
「そんなことおっしゃらないでください。
 あなたにも都合が良いでしょう、ジャッジ殿?
 エーデルハイドの魔人死亡の誤報などという汚名を返上するには、
 これくらいした方が、ね」
「……お気遣いいただきありがとうございます。
 ところで、そちらの天樹会はずいぶんとごたごたが続いているようですね。
 抱えた奴隷たちを統制できず、組織は崩壊寸前のように見えますが」

 パシ、と扇かなにかを閉じる音が聞こえた。

「よもや、この裁判を利用して、
 少しでも威光を取り戻そうと必死になっているのでは」
「ははは、邪推というものですよ、ジャッジ殿。
 あなた様はあなた様の仕事だけに専念していればそれでよろしい」
「そうさせてもらいます。
 私の役目は魔人を打ち滅ぼすこと……。
 エーデルハイドの魔人を始末したら、次の獲物に取り組ませてもらいます。
 敵は、身近なところにいますから……」

 あら、最後の言葉はツク本人に向けた言葉かしら。魔人だし。
 あたしにはこんな牽制のし合いはできない。

 処刑人たるジャッジという役柄には、目に見えないしがらみがたくさんあるのかな、なんて思ったりした。

「あなたも大変ね」

 あたしの足首に新しい拘束具らしきものをつけ始めたジャッジの男に、そう囁いた。

「…………黙ってろ」

 がちゃりと乱暴な音がしてから、そいつが遠ざかっていく気配がした。

 目隠しされたままの状態で軽く足を動かすと、鎖か何かでつながれているようでがちゃがちゃと重い音がした。ちょっとひんやりする。鉄製かな。

 一定以上からはてこでも動かなくなったので、おおかた地中深くに打ち込まれた杭か何かにつながれているのだろう。言うまでもなく逃亡阻止のためだ。

 別にいまさら逃げるつもりもないけど、ま、これくらいは用心されるか。

 

 しばらくそのまま待っていると、耳に聞こえる喧噪が大きくなってきた。
 人が集まっている。十人かそこらの数じゃない。
 きっと、聴衆もたっぷり集めてきたんだろうなと思った。

 自分のことを明確にささやかれている気配を感じながら、静かにその時を待った。

 

 

 

「——ではこれより、エーデルハイドの魔人の裁判を執り行う!」

 あのジャッジの声が響き、ざわめきが鎮まる。

 目隠しは外されていないままなので、静寂がむしろ耳に痛いほど。

 あたしが暴れる可能性を考慮して、この暗闇が解かれることはもうないだろう。
 いよいよ終わりが近づいてきている実感が迫ってきた。

「始めに、エーデルハイドの魔人——
 エフィール・エーデルハイドが犯した罪状をまとめましょう。
 三年前、宗教国家アストラが運営する『第四研究所』をエーデルハイドの魔人が突如として襲撃。
 その場にいた研究員と、施設を警護していた聖騎士、
 そして襲撃者を食い止めに来たエーデルハイド族——
 あわせて七十四名を殺害! そのまま逃亡したものとされている。
 ……この事実に間違いはないか、エーデルハイドの魔人」

 

 違う。
 ほんとうは違う、けれど……。

 

「…………間違い、ないわ」

 

 自分を取り囲むように、どよめきが広がった。

「やっぱりほんとうだったんだ……」「あんな小娘が……」「恐ろしい……」と、
 言葉同士が重なりながら耳に届いてくる。

 歯を食いしばった。

 …………いいえ、これでいいのよ……。

 ……これで、やっと丸く収まる……。

 

「一人で何十人も……信じられない……」
「魔人はみんなあいつみたいになるのか?」
「重力魔法を見たことがある。一瞬で人がぺちゃんこになった」
「危険だ、生かしてはいけない……!」
「殺すべきだ……!」
「殺せ!!」
「はやく殺せ!!」

 大ブーイングの嵐の中で、頭に浮かんでいたのはあいつの顔だった。
 際限なく鳴りひびく罵声をあいつの声で上書きしようとするだけで、気持ちが楽になった。

 

「お静かに!! 判決を下します!!
 エーデルハイドの魔人に、情状酌量の余地はない!!
 よって、これより死刑を執行するものとする!!」

 聞こえない、聞こえない。
 沸き上がる歓声も、呪いの言葉も、全部聞こえない。

 ……やがて、執行人の足音がコツコツとゆっくり近づいてきて、
 それに伴って歓声も収まっていく。

 頭のてっぺんが、急激に冷めていくようだった。
 豪快になり続ける心拍とは裏腹に、聴覚だけが研ぎ澄まされる。

「なにか言い残すことはあるか」

 痛いほどの静寂のなかでそんな声が聞こえた。

「……ふたつだけ」
「いいだろう、言ってみろ」
「あたしがいなくなれば、世界はもっと良くなるのよね?」
「ああ、そのはずだ」
「……それならいいわ」
「二つ目は?」
「……あたしの仲間に、
 特に金髪のやつに『ごめん、いままでありがとう』って伝えて。
 あんたなら面識あるでしょ」
「……直接、話しておこう」

 何も見えないまま、ゆっくりと首を差し出した。

 もうこれで、何も思い残すことはない。
 短いけど色濃い人生だったと思う。

 エーデルハイド族で、子ども時代を過ごしたことも。
 一族のみんなを手にかけた感触も。
 一人で傷を治しながら旅をする寂しさも……。

 

 執行人が、身じろぎする音が聞こえる。
 ワイヤ―の冷たい感触が、首元に触れなくても分かった。

 

 あの、砂漠のにおいも。
 食べた串焼きの味も。

 こんな自分になってからできた友達の声も。

 

 あいつの肩に寄りかかって感じた体温も。
 あいつと……。

 

 ……ああ……。

 ……もう少し、あいつと一緒にいたかったなぁ……。

 

 そして、首筋に熱い感触を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……死後の世界は、こんなにうるさいものなのかと思った。

 耳の奥に爪痕を残したのは、めまいがするほどの金属音。

 ふと、その音に聞き覚えがあるような気がして、目をゆっくりと開いた。
 目隠しが、取れている。

 

「…………なんで……来ちゃうのよ……」

 執行人の構えた金属製のワイヤーがバラバラになって落ちる中で、
 目の前に立っていたのは、暗闇の中であれだけすがっていた『あいつ』の背中だった。

「取引しただろ。
 お前を人から守る、って」

 そう言って、スロウは音叉の剣を薙ぎ払った。