第百三十六話 結束

 ようやく見つけた。

 イズミルはエフィールの無罪を証明できる唯一の生き証人だ。
 興奮のあまり、こいつに騙されたことも忘れて浮足立った。

 後は、天樹会の連中がこさえた急ごしらえの裁判にこの男を連れて行けば、
 エフィールがもう『エーデルハイドの魔人』として追われることはなくなる。

 もう、あいつがこの世界で怯えて暮らさなくて済むようになる。
 ちゃんと社会的な意味で、正式にだ。

 イズミルの肩に手を置いて先のことに思いをめぐらせていると、
 目の前の本人は、急に力が抜けたのか膝からゆっくりと崩れ落ちた。

「……すると、僕は恩人の仲間を裏切ってたってことになるのか。
 はは、救えないな」

 自嘲するように鼻で笑ったイズミルに、
 ふと浮かんできた疑問をぶつける。

「……魔人事件の当事者だったのなら、
 エフィールが無実だってのも知ってたはずだろ?
 どうして真相を公にしなかったんだ」

 そもそもの話、こいつがちゃんと説明していればエフィールが何年も追われることになることも無かったはずだ。

 あの事件から生き残った唯一の人間だ。
 周りの人たちから何が起きたのか聞かれることくらいあっただろう。

 その時に、エーデルハイドの魔人に助けられたと話していれば。
 最初からエフィールが苦しむことはなかったのではないか。

 さっきまでの喜びが次第に弱まっていき、
 代わりに強い怒りが湧いてくる。

「話さなかったと思うのかい?
 信じてもらえなかったんだよ。魔法道具で洗脳されてるって言われてさ。
 ……意識不明の状態だったんだ。魔人事件を生き延びてからしばらくの間。
 目が覚めたら、もう世間では彼女を悪者に仕立てあげてる状態だった」

 嘘をついているようには見えない。
 けど、そんな馬鹿な話があるのか。

 釈然としないままイズミルを見下ろしていると、彼は暗い顔でうつむいた。

「……いや、言い訳だな……。
 ほんとうは自信が無かった。
 ひょっとしたらみんなが言ってることが正しくて、
 僕が覚えてるのは偽物の記憶なんじゃないかって思った。
 そう思い込むことにしたんだ。
 そっちの方が楽だったから。
 みんなと争う勇気を出さなくてよかったし、
 行方の分からない恩人を命がけで探しに行くこともしなくてよくなるから」

 鼻をすする音が聞こえて、そこでイズミルが泣いていることに気が付いた。

「……バカだよな……。
『なにか意味がある』とか、思ってたんだよ。
 あれだけの人間が死んで、僕だけ生き残って。
 せめて自分が生き残ったことの意味を示すために、
 どんなに薄汚い生き方してでもなにか残してやろう。
 異世界のこと研究しまくって
 世の中をもっと良くしてやろうとか思ってたんだぜ?
 ほんとうは違うの知ってるのに、無理やり美談にしてさ」

 とんだクズ野郎だよ。

 そう吐き捨てたイズミルを見て、ため息をついた。

 しゃがみこんで彼と目線を合わす。

「まだ、やれることがある。
 イズミル。
 エフィールの無実を証明するために、一緒に裁判に来てくれ」

 こちらの言葉に顔を上げたそいつの目は真っ赤に腫れていた。

 憎たらしい顔だ。
 こいつのせいで俺とセナは、一時的とはいえ奴隷の身分に落とされたのだ。

「まあお前には痛い目あわされたし、
 正直、死ぬほど嫌いだけど……。
 お前しかいないんだ。頼む」

 このイズミルという男は好きにはなれないが、
 それでも今たしかに必要な存在だ。
 役目を果たしてもらうまでは自分たちが守る必要がある。

 イズミルは目元をぬぐって、まっすぐこちらを見つめかえしてきた。

「……いいよ。
 やってやろうじゃないか」
「よし。
 今度は裏切るなよ」
「……裏切らないよ。
 いまのぼくは天樹会からも見捨てられてるんだぜ?
 それに……駆け引きをするのには、もう疲れた」

「——話はまとまったようじゃな」

 

 しわがれた力強い声に振り返ると、序列一位の決闘者であるジェドが顎をさすっていた。

「黙って聞いていたが、おかげでこちらも疑問が解けたぞ。
 儂がそこの研究者の若造を狙っておったのはな、序列三位のツクという男に命令されてたからじゃ。
 なぜこんな若造の命を狙う必要があるのか、甚だ疑問じゃったが……。
 あやつ、確実にあの子を処刑まで持ってくつもりだったらしい」
「はァ? でもあんた序列一位だろ。
 なんで格下からの指示におとなしく従ってんだよ」
「ヤツに弱みを握られた。
 今回ばかりは従わざるを得んかった」

 肩をすくめた老剣士。
 それを露骨に訝しんだデューイが、おもむろにこちらに近寄ってきて耳打ちをしてきた。
 分厚い手の皮を添えられて低い声でささやいてくる。

「スロウ、こいつホントに信用できるのか?」
「でも、エフィールと同じエーデルハイド族だし、
 いざという時の戦力は欲しいだろ」 
「それ以前に天樹会のお抱えの決闘者だぜ? それも一位の。
 そんなやつが急に雇い主裏切って俺たちの側につくとかおかしいだろ」

 反論しようとしたが、う、と言葉に詰まった。
 たしかにそうだ。
 しかもエフィールとはあまり面識がないって言ってたし。

 無罪を証明してくれる唯一の存在だと思ってたから疑わなかったけど、
 もしかして敵の可能性もあるのか……?

「あ、あの、スロウさん」

 と、そこで声をかけてきたのはセナだった。
 おずおずと近寄ってきた彼女が、小さく整った顔を近づけてきた。

「たぶんなんですけど、あの人、そんなに悪い人じゃないと思います」
「それはどうして?」
「うまく言えないんですけど、その、
 ミラさんと同じにおいがするような気がして……」
「ミラって、デューイの師匠の?」

 はい、とセナは髪を揺らして頷いた。

「おいおい嬢ちゃん、そりゃちょっと無理があるぜ?
 確かにあの女もそこのジジイも剣を極めてるが、
 性格も立ち振る舞いも何から何まで違うだろ!」
「うう、それはそうなんですけど……!」

 デューイに圧をかけられながら「んー、うーん……!」と何とも言えない表情でよろめいているセナ。

 動物的なカンとかが働いてるのかな。半獣人だし。
 けどわざわざ言いに来るあたり、何かを感じたのかもしれない。

 ……よし。

「あの人にも協力してもらおう」
「マジか……」
「けど念のため警戒しててほしい。
 デューイ、頼むぞ。
 なにかあったらしばらく食い止めてくれ」
「…………マジかぁ………」

 とりあえずこれで決まった。
 お互いの顔を離し、こちらの作戦会議を黙って待ってくれていたジェドに近付く。

「……それで?
 儂は同行を許してもらえるのかね?」
「俺たちの目的はエフィールを助けることです。
 そのためにあなたの力も借りたい」
「昔の友人との約束を守る。
 儂のなかにあるのはそれだけよ
 エーデルハイド族の存続のための約束をな。
 まあ――」

 老いた剣士が、伏し目のままニヤりと笑った。

「手始めに、儂を欺いた決闘者を斬らねばならんがな」

 殺気、というものがあるのなら正にこれのことだろう。
 肌がヒリつくような刺々しさを感じて身震いする。

 剣を抜いていない状態でこれだ。
 この人が味方なら頼もしいことこの上ない。

「して、場所は分かっとるのか?」
「もちろん把握してある。
 ここから南だ」

 生い茂る樹林の奥に目を向ける。
 裁判まではすぐだ。