新しく回収できた魔法道具を手に脱出用の出口を探し回る。
ダンジョン攻略から戻ってきた直後なのでしんどかったが、
幸いなことに怪我の調子が良くなってきていたので余裕ができていた。
ほんの少しだけ軽く感じる足を動かしてセナと一緒にしばらく歩き回ってみたところ、この上層の広場は円形状の構造をしているようだった。
ぐるっと一周してすぐ既視感のある道へと戻ってきたのでそこまでの広さはないらしい。
頭上の暗闇を仰いでみれば天井は信じられないくらいに高く、青い結晶が星空のように点々と灯っている。
重力魔法の使える魔人だったら上を調べられたかもしれないけど自分たちでは無理だ。
登ろうにも壁際は完全に崖のようになっているし、そもそも視界が悪い。
ロッククライミングでも試みようものならすぐに転落して終わりである。
「……出口、ないな……」
「隠し扉でもあるんでしょうか?」
「天樹会のやつらが来れてたんだから、どっかにはあるんだろうけど……。
そうだセナ、そっちの魔法道具の能力って分かった?」
「……うーん……。
試してみましたけど、なんだか、かすかな風の感触とかが分かるようになった気がします」
「触覚を鋭敏にする能力、とかかな?
戦闘には使えなさそうだけど……
……待てよ、その力で出口探せるんじゃないかな」
風の吹いてくる方向さえ分かれば、地上に向かうことができるかもしれない。
二人で顔を合わせて膨らんでいく笑みを交換しあった。
かすかな希望を胸に朽ちた廃施設の合間を探索していると、
――突然、ほかの奴隷たちが向こうのほうから歩いてくるのが見えた。
攻略帰りの人たちかと思って道を譲ろうとしたが、どうも様子がおかしい。
彼らはこちらにじっと視線を合わせて、物々しい雰囲気を漂わせながら近づいてくる。
あれ、もしかして狙われてる……?
「後ろからも来てますね……。
スロウさん、槍の魔法道具の能力ってわかります?」
「残念ながら」
何にせよ、向こうはこちらに用があるらしい。
警戒するよう彼女に短く伝えながら槍の魔法道具を握りしめる。
やがて、やせ細った半獣人の奴隷たちが飢えた獣のような目をちらつかせながら道を塞いできた。
「お前ら、序列持ちの決闘者だったってな」
「どうやって知った?」
「ほかの新入りが話していた。
ここ数日でいきなり上位に食い込んできた実力者だって」
「……それがどうした」
ちらと目を滑らせ、取り囲んでいる他の奴隷たちの数を素早く確認した。
目の前にいるのが四人。
背後にいるのが三人だ。
後ろのほうはセナが見てくれてるっぽいので自分は前に集中する。
相手の言ったとおり序列持ちだったのは事実だが、それはこのリラツヘミナ結晶洞窟に入れられる前の話だ。
そんな肩書がいまさら影響することなんてないんじゃないかと思っていたが……
予想とは裏腹に、痩せた奴隷はすでに短い指示を飛ばしていた。
「やれ」
なんの躊躇もなしにやせ細った影たちが飛びかかってきた。
そのうちの一人に槍の柄をたたきつけ、軸足を移して側面から反撃を試みる。
(槍なんて使い慣れてないって……!)
刃先が相手に当たらないように苦心しながら振り回し、どうにか二人を叩き伏せたが……。
残りは魔法道具持ちだったらしい。唐突に鋭い痛みが背中に走った。
じりじりと痛むミミズ腫れの感覚に涙目になりながら相手を見ると、奴隷の一人が何かを振り回す動作をしていることに気付く。ひゅんひゅんと聞こえてくる風切り音から察するにムチの魔法道具なのかもしれない。
とそこで別方向から棍で思いきり突かれ、魔法道具としての能力なのだろう、丸太杭を叩きつけられたかのような衝撃を与えられた。
瞬きする間もなく背中と後頭部に鈍い激痛が走り、
朽ちた廃墟の壁に全身を打ちつけたのだと遅れて理解する。
――揺れる視界をかろうじて上げると、セナが棍を持ってたやつを蹴り飛ばしてこちらに来てくれるところだった。
しかし、その彼女も別方向から現れた奴隷のひとりに殴られて倒れこんでくる。
「やめろ!」
かろうじて彼女の身体を抱きとめた直後、なんの魔法道具でもない瓦礫の一部がセナに向けて振り下ろされていて、とっさに自分の腕をかざした。
何かがはっきりと割れる音とともに、すさまじい激痛で声にならない声をあげた。
「悪いな、俺たちも地上に戻りてーんだ」
「……こんなことで、どうやって地上に……!?」
「なんだよ知らないのか。
奴隷同士での決闘で『地下序列』を上げれば、上位数人だけが解放される。
今いいところまで来てるんだ。お前みたいな実力者は邪魔なんだよ」
――そういえば、裏切ったシャクロワが言っていたっけ……。
奴隷から解放される方法は二つあると。
一つが魔法道具をたくさん集めて献上することだったが、
もう一つはつい今しがたこいつが言った通りなのだろう。
痛みに歯を食い縛りながら、ようやく自分たちが狙われたわけを理解した。
でも納得はできない。
「ふっ……ざけるな。
こんなことで争って何になる!?
お互いに消耗するだけだ!」
気が付けば、倒したと思っていた奴隷たちがみんな起き上がってふらふらとこちらに集まっている。
誤って殺してしまわないように手加減したのが裏目に出たか。
視線を下げれば、折れた自分の腕の内側で目をつぶるセナの頭に血が一筋流れていて。
苦しそうな彼女のうめき声を耳にとらえながら、言い返してきた相手の怒声に顔を上げた。
「黙れ! そんなことしたってズルしてるやつらには勝てないじゃないか!?
真面目に魔法道具を集めたって、奪われて利用されるのがオチだ!!」
横に立っていた痩せた奴隷のひとりから脇腹を蹴られる。
「『清く正しく』なんて……クソの役にも立ちゃしない!!
どれだけ清くなりたくたって、汚くならなきゃ生きていけねーんだよ!!」
ほら、魔法道具も奪ってやる!
大人しく渡せ!!」
痩せた体躯。
それでなくとも怪我、病気などで弱っているようだが、そもそも相手はセナと同じ半獣人だ。
素の身体能力が高いのか、簡単に槍と指輪の魔法道具を奪われてしまった。
その時だった。
「あっ!」
痩せた奴隷たちの合間を縫うように駆けたのは、
自分たちを襲って来たのとは明らかに違うほかの奴隷……。
まだ十にも達していないような小さな子たちが、連中から魔法道具をかすめ取っていくのを目撃した。
俊敏な動きで廃墟の奥へと消えていくその子どもたちに、痩せた奴隷たちは舌打ちしていた。
「またあのクソガキどもか……!
追え!! 魔法道具を奪い返してリンチにしてやれ!!」
「待て……子どもは傷つけるな」
――顔を蹴られて、悶絶した。
鼻血が止まらない。
「どいつもこいつも……! もううんざりなんだよ!
なんであんなクソガキどもを守ってやらなきゃいけねーんだ!
こっちにゃそんな余裕ないのに!!
いつもいつも一方的に危害加えられてさあ!
身を守るために反撃したら見てるだけの連中から責められて……!
ああ、くそッ!!」
……遠ざかっていく荒々しい足音。
止まらない鼻血をなんどもぬぐいながら深呼吸を繰り返し。
痛みが少しでも収まってきたタイミングでのろりと動き出した。
意識を失ったセナを背負い、折れたかもしれない腕を抱えて、近くの廃墟の影に身を隠す。
いま、よけいに体力を消耗するわけにもいかない。
今日はもう探索なんて無理だ。
まずは体力を回復して、今後は彼らを避けないと……。
ああでも、飯を食うためには同じタイミングで広場に集まらないといけないのか、くそ。
結局、魔法道具も奪われた。
また深層まで潜って、どうにかして新しい魔法道具を手に入れないと。
単に身を守る手段ってだけじゃなくて、もしかしたら物資を交換する手段に使えるかもしれないから。
シャクロワのグループは薬草を持っていたんだし、他のグループが持っていないとも限らない。
脱出よりも先にセナの治療を優先しないと……。
押し寄せてくる不安や、起こりうる「最悪」の事態に一人で耐え忍んでいると……
そこで近くを通りがかったらしい他の奴隷たちの会話が、ふと耳に入ってきた。
――いわく、明日は『外部の冒険者』がこの洞窟にやってくるらしい、と。