――スロウ視点――
裁判所、なんていうものを即席で設置したとは聞いていたけれど、
実際はただ処刑台が組み立てられていただけだった。
木板がきしむ台の上で、エフィールをかばいながらあたりを見回す。
知っている顔は二人だけだ。
この裁判を仕切っているヘンリーと、場を設けた天樹会のツク。
それ以外は、ツクと同じ天樹会幹部らしき六名の老人と、
台の下から自分たちを見上げている聴衆たちだけ。
この中で誰を説き伏せるべきかなど決まっている。
「ヘンリーさん!
彼女を処刑するのは待ってくれませんか!?
これは冤罪です。彼女に――エフィールに罪はありません!」
「はっ、いきなり現れて何を言い出すかと思えば……」
と、鼻で笑いながら口を挟んできたのはツクだ。
明らかにこちらを見下した様子で、やつは隣に目を向ける。
「こんなもの、ずさんな時間稼ぎです。
付き合う必要はありません。
さっさと始末してしまいましょう。
その魔人の仲間だというのなら、二人まとめて……」
「違う! 時間稼ぎじゃない!
証拠がある!」
「なんですって?」
ジャッジの男が、自身の武器である魔法道具のガントレットをわずかに下げた。
――手ごたえがある!
話を聞いてくれそうな風向きを感じた。
するとそこに、冷や水を浴びせるようにツクが遮ってきた。
苛立っているのか、眉間にしわを寄せてこちらをにらんでくる。
「でたらめを……。
情にほだされたかなんだか知らないが、身内には誰もが甘くなるものです。
ずっと魔人とともに動いていた男の話など信用できない!
そもそもあなた、魔人事件が起きた場所に居合わせたわけではないでしょう。
ここは公式の場だ。
いたずらに混乱させるつもりなら即刻排除しなければ」
「魔人事件に居合わせたのは俺じゃない。
彼だ」
事前に打ち合わせておいた通りに合図を送ると、
処刑台に二人の男が近づいてくる。
生き証人であるイズミルと、序列一位の決闘者であるジェドだ。
イズミルを守るように並んで歩く老いた決闘者を見ていると、
視界の外から明確な舌打ちが聞こえてきた。
「ジェドフェン・エーデルハイド……!
寝返りましたね……!」
直接は見てないが、たぶん青筋を浮かべていたんだと思う。
それくらいの怒気を感じた。
やっぱりイズミルが証人になりうると知っていたのだろう。
暗殺を命じたはずのジェドが素知らぬ顔で戻ってきたという今の状況にどれだけの苛立ちを感じているのか、想像するだけで気分が晴れる思いだった。
やがて、ジェドから離れたイズミルがゆっくりと処刑台に昇ってきて、
目を見開いているエフィールの前に立った。
「久しぶり」
「…………」
「……覚えてない、よな。
同じ格好してた研究者、何十人もいたもんな。
でも、僕はあなたのこと、一度も忘れたことないから」
「――あなたが、証人だと?」
ジャッジからの問いかけに、イズミルははっきりと頷いた。
「三年前、僕らはいつも通りに魔法道具の研究をしてたんだ。
扱ってたのは危険な魔法道具ばっかだったから、特に慎重にね。
けど突然、赤い髪の人たちが現れて、ものすごい勢いで僕らを攻撃してきたんだ。
警備してた聖騎士たちがみるみるうちに殺されてった。
悪夢でも見てるんじゃないかと思ったよ。
研究してた魔法道具も暴発しまくって、何が起きてるか分からなくなって。
けど……そんな中で一人だけ、僕らを守ろうとしてる女の子がいた」
淡々と、けれどこの場にいる人たちにはっきり聞き取れる声量だった。
嘘を言ってるわけではないということを、わずかな声の震えが物語っていた。
「助かりたくて必死だったんだろうな。
藁にもすがる思いでその子のところに近付いてって、
使えそうな魔法道具、全部渡したんだ。
途中で意識失って、その後どうなったか分からないけど……。
その女の子がいなきゃ、僕は死んでただろうね」
話していたイズミルが、拘束されて跪いているエフィールを指さす。
「僕を助けてくれたのは、この人だ。
間違いないよ」
集まっていた聴衆たちのどよめきを聴いて、自分の心臓がバクバクと震えだすのを感じた。
魔人事件の真実が明るみになった。
エフィールがほんとうは無罪だと、人々が気づき始めた。
告げられた真実は、ジャッジでさえよろめくほどだったらしい。
厳格に直立させていたヘンリーの細身の身体が後ずさりして揺れている。
やがて、膨大な冷や汗をかいたツクが金切り声で叫んだ。
「こ、こいつは洗脳されている!
なにかの魔法道具で、そういう風に記憶が改ざんされているのです!!」
「いいや、そんなことないね。
第四研究所で扱ってた魔法道具の中にそんな能力のものはなかった。
記録にだって残ってる。聖騎士団領に報告書を送ってるからそれで確認できる」
「……彼の言っていることはほんとうだ……。
その書類は私が読んでいる……」
「ジャッジ様!?」
「エーデルハイドの魔人が研究所から強奪した可能性のある魔法道具を調べるために目を通したことがある……。
あのリストに中に記憶改ざんの類の能力を持った魔法道具はなかった……」
ふだん敬語で話すはずのヘンリーさんが断定口調になっているのに驚きつつ、会話の行方を追っていく。
「エ、エーデルハイドの魔人が最初からそういう魔法道具を持っていたかもしれない!
あの一族は各地を渡り歩いていた! 珍しい魔法道具を持っていた可能性だって……!」
「それは無いのう。儂が言い切れるわ」
そこで、今まで黙っていた赤い髪の老人が一歩前に進み出た。
処刑台に近付いたジェドの姿が、位置的に視界に入ったのだろう。
背後で茫然と成り行きを見ていたエフィールが、赤髪の老いた決闘者を見るや身を乗り出した。
「……あ、あんたは……!」
「――エーデルハイド族の者として発言しよう。
我らは、水の太陽が現れてから疲弊しておった。
度重なる魔物退治の依頼と、長旅。
そして災害直後の混乱が続いたことによる割に会わぬ報酬……。
魔法道具どころか、傷ついた戦士たちを癒す薬すら足りん状態じゃった。
記憶をいじるなどという不可思議なモンは無かったし、あってもすぐ売っておったじゃろう」
エフィールの反応には気が付いていたのだろうか。それとも無視していたのか。
どっちかは定かではないが、ジェドがエフィールに目もくれず説明していたのは確かだ。
「だ、だが、なぜエーデルハイド族は研究所を襲った?
生活の困窮を正すために、換金できる魔法道具を求めて?」
「それは分からん。
魔人事件の日、儂はその場におらんかった。
もしかしたら何かの魔法道具に狂わされていたのかもしれんし、
お主の言う通り、金のために襲ったのかもしれん。
じゃがな、少なくともエフィールはそんな犯罪に進んで加担するような子じゃない。
むしろ真面目過ぎるくらいじゃ。
おおかた、この裁判でも無抵抗でお主のところにやって来たのではないのか?」
――問いかけられたジャッジが沈黙するのと同時に、静けさが辺りを包み込んだ。
次第にささやくようなざわめきが人々の間に生まれ始める。
「じゃあ、魔人が人を助けたってことになるぞ」
「魔人は悪魔に魂を売り渡した存在じゃなかったのか?」
「だが、同じ一族を皆殺しにしたのは変わりないんじゃ……」
「それは研究者を守るためだろう」
「もし本当にそうなら、魔人をけなしてた俺たちって……」
――ハッとして、音叉の剣を振り上げた。
エフィールめがけてかっ飛んできた金属の飛翔体を跳ね上げる。
轟音の直後にカランカランと甲高い音を立てて地面に落ちたその槍が消失したのを確認しつつ、
それが飛んできた方向を見据えた。
「……もういい、わたしがやる。
序列第三位の決闘者としての権限を用いて、この私、ツクが魔人を始末する」
痺れる両手で剣を握り直し、その切っ先を相手へと向ける。
「くそっ、この期に及んで……!」
「たしかに、その女に罪はなかったのかもしれません。
百歩譲って! それを認めたとしましょう
けれど今までの影響はどうなる?
たとえ誤解であったとしても、人と魔人が争う殺伐とした世の中になったきっかけは間違いなくその小娘です。
それだけでも十分な死罪に値する!
なぜ逃げた? 貴様が最初から逃げずに立ち向かっていれば、こんなことにはなっていなかっただろう!」
「まだ子どもだろうが」
呆れたような老人の声に、ツクが口をつぐんだ。
「大の大人が寄ってたかって、十代の小娘にどこまで求めとる?」
「……それは……」
「さて……ジャッジとやらよ。
どうかね、あの子に罪はあるかね?」
「…………エーデルハイドの魔人。
ひとつだけ聞かせろ。
冤罪だと分かっていたなら、なぜ、受ける必要のない罰を受けようとした?」
「……その方が、丸く収まると思ったから。
真実がどうであれ、人と魔人が敵同士になってるのは変わりない、でしょ?
そういう世界を変えるには、本当のことを話して周りを混乱させるよりも、あたし一人が全部悪いってしたほうが叶いやすいって……」
「……」
「あと……」
背後にかばったエフィールが、消え入りそうな声でつぶやいた。
「一族を手にかけたのは、ほんとうだったから……」
「……判決を下します」
「ジャッジ様……!」
「エーデルハイドの魔人は、研究所の人々を守るために、単身で同じ一族の者たちと戦いあった。
その動機に悪意はなく、むしろ賞賛されるべき行動だった」
「こんなバカな話があるか……!
ただの『勘違い』だと……?
そんなくだらないことのために、このチャンスを、取り逃がすなんて……!」
そこでハッとした様子のツクが、重い顔で脂汗をかき続けるヘンリーに詰め寄った。
「分かっているのですか、ジャッジ様!
もしあのエーデルハイドの魔人が無実だというのなら、
あなた方の存在意義も問われることになりますよ!?
『魔人狩り』ジャッジ部隊の存在意義は、凶悪な魔人を処刑すること……!
もし、あの諸悪の根源である女を!
魔人を!! 無害な存在だと認めてしまったら!!
今度はあなた方が罪に問われることになります!!
いままでたくさん殺してきたでしょう?
今なら間に合います! これまでの弁論など無かったことにして、
みなで口をつぐめば……!!」
刹那、ツクの身体が鋼鉄のワイヤーに口元を縛られた。
拷問鞭にも等しい勢いで顔の下半分を覆われたツクは、よほどの激痛に襲われたのか身をかがめて沈黙する。
「『罪のない者は裁かない』。
この仕事に就いた瞬間に、私は私の神にそう誓った。
これはどんな相手であっても例外じゃない」
そして、ゆっくりと深呼吸を挟んだヘンリー・グレイフォランは、その場にいた全員を見据えて静かに告げた。
「私の判決はこうだ。
エーデルハイドの魔人は無罪。
もしも罪があるとするなら、それは我々だ。
我々の罪だ。
水の太陽という化け物と同じ魔法を操るだけの、
ただの同じ人間を恐れる我々の心の弱さが今の世界を生み出した。
私には彼女を裁くことはできない。
私はエーデルハイドの魔人を、無罪と認めます」