第三十一話 仲直り

 デューイは大聖堂の集会場所にいた。
 スロウ達が白銀都市に来て最初に訪れた場所である。あの時は群衆がずらりと並んでいたが、今は閑散としていて、デューイのほかには数人しかいなかった。ただでさえだだっ広い空間がなおさら広く感じた。

「……よっ」

 最後列、入り口から一番近い席に座っていた大男に声をかける。
 そいつはこっちを見たあと、気まずそうにすぐ目をそらした。「ああ」とも「うん」ともつかない曖昧な返事をしてそのままうつむかれた。

 少し距離を開けて隣に座るスロウ。事前にこんなことを話そうなどと考えていたつもりだったが、意外と切り出せない。

 深呼吸して身体を落ち着かせる。
 気まずい沈黙が漂う中、思い切って口を開いた。

「あのさ」
「あのよ」

 ほぼ同時だった。思いがけず声が被って、慌てて訂正する。

「あー、いいよ、そっちからで」

 そう自分から振ってみるが、すぐに返答は来なかった。
 一瞬の沈黙が間を空けたあと、デューイはゆっくりと口を開いた。

「……家族以外にも気の合うやつはいたんだがな」

 最初はそんな一言だった。

「その中の一人に、剣の師匠がいた。
 ミラって名前でな、女のくせに凄腕の剣士だった」

 そこからだった。
 突然、デューイは妙に饒舌になった。

「不思議なやつだったよ。小さい頃から知ってるんだが、十数年経っても見た目が変わらなかった。オレが大人になるまでずっと二十代半ばくらいの顔でよ、しかもレオス教から妙に特別扱いされてんだぜ。ひょっとしたら不老不死なんじゃねえかって思ってたな」

 特にどこを見つめるともなく、ひたすら口を動かしている印象だった。

「何度も勝負を挑んだんだが、全く歯が立たなくていつも返り討ちだった。まあ今なら勝てるだろうがな。とにかくそいつとも……」

 そんな様子で延々としゃべり続けているのを見ていて、ふと思った。

 ひょっとして緊張してるのか?

 どうも肩に力が入っているように見えた。目も合わせようとしない割には、会話を続けてコミュニケーションを図ろうとしている気がする。

 なんとなく、こいつも仲直りしたがっているということに気付いて、笑いそうになった。相手も自分と同じだったことを理解して、身体から余計な力みがふっと消えた。

「ああもう、クソ、なんだよ」

 デューイもこちらの様子に気付いたらしい。乱暴な口調だが、その表情は柔らかかった。

 安堵に胸を撫でおろすスロウ。そこで、ようやく、自然と謝ることができた。

「昨日はごめん。事情もよく知らないのに偉そうなこと言っちゃって」
「いいや、こっちこそ悪かった」

 これでチャラだと互いに見合わせる。
 また少し沈黙が浮かんだが、不快なものではなく、むしろ心地よいものに変わっていた。

 ――鐘の音が鳴った。

 いくらか余裕ができたスロウは顔を上げる。
 広い天井のさらに奥にゼンマイ仕掛けの魔法道具がうごめいていた。魔物を退けるという巨大な鐘の音に身体が震わされ、熱量すら錯覚させた。低音の、重厚な音色が腹の底まで響いていた。

「――最後に仲直りできて良かったぜ」
「……は?」

 そこで初めて、デューイはこちらに向き直った。

「オレは……旅をやめる。
 ここで終わりだ、スロウ」