第四十一話 今後のプラン

「もう旅に出るのですか?」

 外へ続く道の上で、村長はそう言った。

「ええ、緊急の仕事ができたもので」

 ジャッジの隊長は礼儀正しく頭を垂れる。

 あの後――エーデルハイドの魔人と戦ったあと――スロウたちは思い出したように弦楽器の魔法道具を回収し、村へと戻った。

 すでに祭りの準備を終えていた村人たちは大歓喜し、すぐにみんなで陽気におどり始めた。
 弦楽器の魔法道具は今、村で一番の奏者だという若者の手で奏でられているらしい。
 遠くから聞こえてくる音楽は、不思議と聞く者の心を高揚させる。デューイは「良い酒を飲んだ時みたいだ」と表現していた。

「宿を圧迫してしまい、申し訳ない。
 しばらく私の部下の三名がお世話になります」
「構いませんよ。怪我人の介抱と言えど、外の話が聞けるとなれば皆も大喜びでしょう。
 それに、新しい人手も見つかりましたし」
「……あのうぬぼれ野郎、本当に受け入れるつもりかよ?」

 デューイが話しているのは、魔人を名乗っていたあの男である。
 運が良いのか悪いのか、『本物』に襲われた際に気絶していたらしく、今は宿屋で立派にいびきをかいている。

「はは、彼は面白いではありませんか。
 ジャッジ様のもとでしかるべき罰を受けた後は、この村で面倒をみてやりましょう」
「……諸手続きは私の部下が行いますので、どうかご安心を」

 さすがにあのエーデルハイドの魔人を詐称したのはダメだったらしい。
 ジャッジ隊員たちの療養が済んでから連行されるという。
 飛び抜けて重い罰ではないからすぐに解放されるというが、わざわざ村の一員に引き入れるあたり、この村長はかなり度量が大きいんじゃないかと思った。

「ああ、そうだ。そこのお若いの」

 そう言って、村長はこちらに向き直った。スロウに言っているらしい。

「これを」

 そう言って差し出されたのは、壺、だった。
 蓋を開けて中身をのぞき見ると、ルーン文字の刻まれた内部に、透明でどろりとした液体が入っていた。油……だろうか?

「この魔法道具は?」
「わかりません」
「え、即答?」

 思わず目をひん剥いてしまったが、村長は愉快そうに笑っていた。

「祭りの道具を取り返してくれたお礼です。
 何に使えるかは分かりませんが、何かに使えるかもしれません。
 どうぞお持ちください」

 そう言って笑顔で渡そうとしてくる。

「おい、そんなの持ってたってジャマだろ?
 使い方も分からないんなら遠慮しとけよ」
「ええ!? 面白そうだから持っていきましょう!?」
「……君たち、遠足じゃないんですよ?」

 後ろで議論が展開されているのを聞きながら、スロウは、それを受け取った。

「……ありがたくいただきます」

 手のひらサイズのその油壺を、腰に掛ける。
 触った感じは、かなり頑丈そうだ。陶器のように見えて意外と弾力もある。
 仮に落としたとしてもそう簡単に割れることはなさそうだ。

「では、どうかご無事で」

 人の良さそうな笑みを浮かべながら見送る村長にお礼を言い、四人は村を後にする。
 祭りの音楽が、遠くの方で響いていた。

「なんでもらっちまったんだよ」
「手が空いているうちは拾い続けたい」

 腰につけた謎の油壺を揺らしながら、スロウたちはまた西へと向かい始めた。

 エーデルハイドの魔人を、食い止めるために。

「――今後のプランを決めましょう」

 時は少し遡る。

 村に帰った直後のことだ。
 狭い宿屋の一室で、ヘンリーは机に地図を広げ、ある一点を指でとんとんと叩いた。

「目的地はここ、廃都ベレウェル。
 この廃都市へ向かうにあたって、我々にはクリアしなければならない条件が二つ、あります」

 そう言って彼は、魔人を示す金貨一枚と、自分たちを示す銀貨四枚を地図上に置いた。

「一つ目の条件は、この魔人よりも早く廃都市へ到達すること。
 奴より先に黄金剣を確保できれば、その後の戦いはかなり楽になる。
 最初の関門は『どれだけ素早く移動できるか』になるでしょう」

 一枚の金貨が、地図の西の方に進められる。
 自分たち四枚の銀貨とは、かなり距離があるようだ。

「だがあのヤロウ、明らかにスピードが上がる魔法道具を持ってやがったぞ。
 魔物を倒す速さも相当なもんに違いねえ。今から追いかけても間に合わねえだろ」
「ええ、しかし打てる策は打ったつもりです」

 唐突に、ヘンリーは一本の矢を取り出した。
 彼が小型ボウガンに装填していた、短い矢である。

「エーデルハイドの魔人に逃げられる直前、この毒矢を当てました。
 時間差で中毒症状が現れる、遅効性のものです。
 仮にすぐ解毒されたとしても数週間は影響が残りますから、その間にやつを追い抜く」

 ……用意周到なことだ。

「そしてもう一つ。
 フラントール君、キミは戦闘中、風を操って移動速度を上げていましたね?
 それを半日ほどの間、常に使い続けることは可能ですか?」
「え? えっと……」

 いつ能力を把握されたのだろうと思ったが、そういえば偽の魔人と戦っているときにはまだジャッジ部隊は残っていた。
 今思えば、あの時彼らが何もせず静観していたのは、敵だけでなく俺たちの力も見極めるためだったのかもしれない。

「た、試したことはないですよ……」
「予想でも構いません。どれくらい持ちそうですか?」
「えっと……数時間くらい?」

 彼女は目を泳がせながら答えている。
 だいぶサバを読んでいそうだ。

 ……あ、そうだ。俺も同じ能力使えるじゃん。

「ヘンリーさん。それだったら俺とセナで分担できます。
 この剣は他の魔法道具の力も使えるので」
「ほう? それは嬉しい情報ですね。
 では、二人の魔法道具を用いて高速で西へ向かいましょう。
 これで第一の関門はクリア……。次の問題に移ります」

 彼は地図上から目を離し、スロウとセナに目を向ける。

「魔人討伐にあたってクリアしなければならない二つ目の条件は、
 きっと君たちが一番よくわかっているでしょう。それは――」
「――あいつとの実力差を少しでも埋めること」

 代わりに答えたスロウに、ジャッジの男は頷いた。

「今のままではエーデルハイドの魔人には勝てない。
 黄金剣さえ手に入れば話は別かもしれませんが、それ以前に、
 道中には凶悪な魔物もいるはずです。
 君たちにはもっと強くなってもらわないと困る」
「えっと、それじゃ、つまり……?」
「特訓、ですよ」

 セナは血の気の引いた笑顔を浮かべる。
 デューイだけは「そうこなくっちゃ」と面白そうにしていた。

「昼間はできるだけ移動し、暗くなったら野営地のそばで特訓を始めましょう。
 これをベレウェルに着くまで毎日続けることとします」

 毎日か……。
 いや、それくらいやらないとあいつには勝てないだろう。
 ただでさえ時間は足りないのだ。やってやろう。

 今後の過酷な見通しが立ったことにスロウが不安と興奮の両方を感じていると、途端に彼は切羽詰まった顔を近づけてきた。

「良いですか、この戦いは君たち二人の伸びしろにかかっているのです。
 この短期間でエーデルハイドの魔人と渡り合えるくらいに強くなってもらわねば、全員が命を落とす危険がある。
 ……分かりますね?」

 影で暗くなった表情に気圧されて、思わず三回もうなずいてしまった。

「では、各自、準備を終えたら村の外に集まってください。
 すぐに出発します」

 そうして一時解散、ということになり、ぴりついた緊張感を覚えながら荷物をまとめに行った。

「おい、ヘンリー」
「何でしょう。私はあなたの名前を呼びたくないのですが」
「そいつは結構だがよ、お前、本当にできると思ってんのか?
 たかが一か月であいつらをあのレベルまで上げるなんて普通は無理だぞ」

 黒い騎士に向けられた視線に、ヘンリーは背中を向けて答えた。

「……それでも、誰かがやらねばならないのです」