第四十二話 特訓開始

「――では、ここで野営にしましょう」
「はぁ……はぁ……きっつ……!」

 日が暮れて、足元が見えづらくなってきたころに長身の男が立ち止まった。

 途中交代を挟みながら二人で風の能力を使用し、全員で文字通り疾風の如く駆けてきた。
 数時間ぶっ通しの行軍である。足を止めて座り込んだ時は吐き気すら催した。

 数々のダンジョンに潜ってきた身として体力には自信があったのだが、予想よりもずいぶん早いペースで、自分の感覚ではほぼ全力疾走に近かった。

 村を出たのが昼過ぎだったから……およそ半日走り続けたのだろうか。明日からはこの倍の時間を動くと思うと気が滅入った。

 周りの様子を見てみると、年長組のヘンリーとデューイはそんなに辛そうでもない。
 デューイの方がちょっと息が上がってるくらいか。

 セナは膝に手を当てて苦しそうに息を切らしている。
 ウサギは瞬発力はあるけど持久力はない、みたいなことをどこかで聞いた気がするが、彼女もそういう体質なのだろうか。

 そんなことを朦朧とする頭で考え、休む間もなくキャンプの準備に取り掛かった。

「すごい……これ、『火起こし木っ端こっぱ』ですよ!
 こんな貴重な魔法道具を見られるなんて!!」

 視界が徐々に暗くなっていく中で、半獣人の少女が声を荒げる。

 彼女の手にあったのは、とある小瓶だ。
 魔法道具と言うが、瓶自体にルーン文字は刻まれていない。
 デューイが彼女の手からそれをつまんで、沈みゆく夕陽の光に当てながらつぶやいた。

「……このカスみてえなのに文字が書かれてるようにゃ見えねえが」
「いえ! これはもともと別の魔法道具から生成されたもので、
 年に一度、ごく少量しか手に入らないんです!
 ものすごい値段で取引されてるのに、こんなにたくさん……!」

 ちなみにこれを持っていたのは当然ながらヘンリーである。
 レオス教から支給されたらしい、さすがはエリート部隊というべきか。

 実際にそれで火を点ける様子も見た。

 近くで集めた木の枝などの薪の上に、ひとつまみ分の木っ端をかける。

 そして一般的な火打石で着火。

 これだけだ。

 しかし、その手間の少なさに反比例するように、燃え上がった炎は暖かい。
 風に吹かれてもびくともしない安定した火力が維持されているあたり、確かに魔法道具であるようだ。ヘンリーいわく、これで一晩は持つというのだから驚きである。

 夏といえど夜は冷え込む。これなら風を引く心配も無いだろう。

 そして、キャンプの準備を終えたあとに、最初の特訓が始まった。

「それでは始めましょうか」
「はい、よろしくお願いします!」

 指導役を引き受けたのはヘンリーだ。

 デューイも何かを教えようとしていたが、そもそもデューイは感覚派で教えるのに向いていないこと、『剣術』という長い鍛錬を必要とする武術では間に合わないことなどを理路整然と説かれ、しぶしぶ料理係を務めに行った。しばらくの間うまい飯は食えなさそうだ。

 たいまつと星明かりに照らされた草地で、セナと並んで魔法道具を構える。
 半日近く動き続けたにも関わらず服装を一切乱していないジャッジの男は、まず始めに両手を後ろに組んで課題点を説き始めた。

「まず、この四人のチームにおいて致命的に欠けている役割がある。
 それが何か、分かりますか?」
「え? ええと……」
「……遠距離攻撃役がいない?」

 スロウがそう答えると、彼は眉一つ動かすことなく頷いた。

「そう。我々が所有する魔法道具はほとんどが近接戦に使うものです。
 仮にロングレンジでの攻撃ができたとしても、突風を放ったり、ワイヤーでの妨害工作に留まる。
 対して、あの魔人が使うのは弓の魔法道具です。
 近づく前に、まず射抜かれてしまうでしょう」

 自分たち冒険者三人組は、全員が剣を使っている。
 スロウの音叉剣、セナの短剣、デューイの断切剣、という風に。

 かなりバランスは悪いが、障害物の多いダンジョン攻略においては問題になる場面が少なかった。それゆえ後回しにしていた問題だったが、まさかこんなところでツケを払うことになるとは……。

「そこで、君たちに磨いてもらうのは『射撃』の技術です。
 遠くからの狙撃であれば、格上相手でも生き残りやすいですからね。
 ――まずはフラントール君、これを」
「これは……魔法道具ですか?」
「ええ、部下から預かってきたものです」

 ヘンリーが渡したのは、小型のクロスボウガンである。

 小人が使いそうなミニサイズの弓が水平に取り付けられ、そこにはもう矢が装填されている。
 側面部分に垣間見える機構はどうやら弦の部分に連なっているらしく、指先一つで矢を撃ち出せる構造のようだ。加えてこの銃身の短さなら、片手でもかなり扱いやすいだろう。

 セナはボウガンをすみずみまでいじくり始めた。

「それで、能力はなんですか!?」
「まあ、話すより見たほうが早いでしょう。試しに撃ってみてください」
「はい! うふふ……」

 にやにやと笑いながら、クロスボウを横向きに構えるセナ。
 片目を瞑り、近くにある木の幹めがけ、どや顔のまま矢を撃ちだした。
 トンっ、と心地よい音を立てて命中する。

 おお、意外と簡単そうだ。

 視線を元に戻すと、彼女はクロスボウを不思議そうに確かめていた。
 装填部分を注視したあと、セナはもう一度横を向いて撃ち始める。

 ――連射していた。

 一本しか装填されていなかったはずの矢が、立て続けに二発、三発と放たれている。
 しかも、どういう仕掛けか、矢を撃ち出して緩んだ弦も即座に元通りだ。

「矢が無限に装填される魔法道具です。
 再装填の必要がありませんから、初心者でもきっと扱いやすいはずです」
「なるほど! つがえた矢が増殖してるんですね……!
 複製機能がついてるんでしょうか? だったら……」

 ぶつぶつとしゃべりながら新しい魔法道具をいじり始めるセナ。けっこう楽しそうだ。
 あとでヘンリーに、毒矢だから気をつけろみたいなことを言われて固まっていたのは余談である。

……ところで、自分にも何か新しいものをくれるんだろうか?

少し期待しながら、振り返ったヘンリーと目を合わせた。

「さて、スロウ君。君にはこれを」

 そう言って、彼は手を差し出す。

 ――『片眼鏡』の魔法道具だった。

 片目だけでの使用を想定された単一レンズで、おしゃれなチェーン付きだ。
 こういう眼鏡は頭の良さそうなおじ様がつけているイメージがある。

 ……え、これで射撃を行うのか?

「……目からレーザーとか撃てるんですか?」
「違います。それはあくまで補助用です。
 ――君の魔法道具なら、あの魔人の弓矢を再現できるのではないですか?」

 ……なるほど、そっちか。
 しかし、剣の能力を知っている身として、それは否定しなければならなかった。

「あー、たぶんそれはできないですよ」
「なぜです?」
「だって、形状が違うから」

 いくつか試したことがあるが、どんな能力も再現できるわけではないらしい。

 例えばヘンリーの鋼鉄のワイヤーだ。

 彼が腕に装着するガントレットの内部には、ワイヤーを巻き取る芯のような機構がある。
 そこから糸を生成してるのだろうが、スロウの音叉剣にはそんなものはない。試してみても、ワイヤーは生成できなかった。

 どうやら、発動に特殊な仕掛けを必要とする能力に限ってはコピーすることは不可能らしい。
 そんな仮説を、セナの協力のもとで立てていたのだ。

「だから、やってもあんまり意味はないと思いますよ」
「それは困る。あの強力な力がないと勝ち目が薄くなってしまう。
 少し試してみてください」

 無理だと主張するスロウと、どうにかしろと要求するヘンリーの間で話が平行線になりかけたとき、助け船が現れた。

「持ち方、変えてみたらどうですか?」

 小型クロスボウで遊んでいたセナが唐突に口を挟んできたのだ。
 彼女は有識者のような顔を浮かべて、二人の方に向いている。

「魔法道具なんてもともと予測がつかないことだらけじゃないですか。
 意外とそういう些細なことで変わりますよ~?」
「いやそんな単純な……」

 ――試しにやってみた。

 どうせ切れ味のない剣なので、刃の片方をわしづかみにして弓のような構えを取ってみる。
 切っ先が真下に向くような恰好だ。断切剣の能力だけ発動させないように気をつけて、矢を引き絞る動作を行う。

 ――直後、金色の輝きがあふれ出した。

「ほら、できたじゃないですか!」
「えぇ……何でもありかよ……」

 確かに持ち方変えたら弓みたいに見えるけど。こんなのでいいのか。

 金色の光波は左手で掴んだ剣の中心からあふれて、ひし形の輪郭を描いている。その中心を真っすぐに貫く光の矢は、よく見るとわずかに揺らいでいた。

 今、こうして素手でこの謎のエネルギーに触れているわけなのだが、雷みたいな、炎みたいな、ピリピリしてて熱い感覚が手のひらに伝わってくるだけで痛みを感じるわけではない。
 それと、光そのものに質量みたいなものを感じた。構えを維持するだけでも大変そうだ。

「では、あの木を的に見立てて、二人とも練習してみましょう」

 そう言われ、セナは早速、弓を構えた。
 スロウは片眼鏡の魔法道具を装着し、剣を弓のように構える。

 おお、なんだこれ。どれだけ遠くまで見渡せるんだ。

 的代わりの木は当然のこと、その後ろの、さらに遠くに連なる山脈に視線を合わせると、ほとんどタイムラグ無しでピントが合う。今は暗くてよく見えないが、山々の切れ込みまで視認することができた。今度は一転して足元の草に目をやれば、その葉に浮かぶ葉脈の一本一本にいたるまでがきれいに映りこんでいた。

 肉眼では捉えきれないほど正確な視界を映してくれる能力だろうか。遠くのものも近くのものも、自動でピントを調整してくれるかなり有用なアイテムだ。なるほど、これを射撃に役立てろということか。

 スロウもセナに並び、重みのある光の弓を構えて、矢を射ち始めた。

「で、どうだった?」
「全ッ然、当たらなかった……」

 具材の入った器を持ちながらうなだれた。

 最初の特訓が終わり、たき火を四人で囲んで夕食をとっている。
 夕食とは言ってもデューイお手製の、具材を適当に鍋に入れて煮込んだだけの雑な料理で、そこまで豪華なものではない。少し塩辛いな、調味料が多すぎるんじゃなかろうか。

「まあ、初日は誰でもうまくいかないものです。
 ベレウェルに到着するまでに力を身に着けてくれれば、それで構いません」
「何でだ……セナはもうあんなに使いこなしてたのに……」
「嬢ちゃん、魔法道具に関してはかなり器用だからなぁ」
「えへへ……」

 けらけらと笑いながらバンバン的に命中させていた彼女の姿を思い返す。

 それはもう、こっちの自信がなくなってしまうくらいに上手かった。
 思わずその才能を見比べて、落ち込んでしまうほどである。

 ……このまま腕が上がらなかったら、どうしようか……?

 いいや、きっと大丈夫。努力すれば必ず報われるはずだ。
 せっかく強力な能力を使えるようになったんだ、使わなきゃ損だろう。

 そう思いながら、料理を口の中へかきこんだのだった。

「――では、各自ちゃんと休息をとるように。それでは」

 腹を満たした後、ヘンリーはすぐに寝息を立て始めた。

 辺りはもう既に暗闇に閉ざされている、自分たちも早く寝た方が良いだろう。
 寝袋代わりのマントにくるまって、目を閉じる。
 疲れていたからか、すぐに意識が飛んでいった。