第四十七話 本当の修行

 剣を打ち合う音が響く。

 訓練用の木剣なんかじゃない。そんなものはない。
 デューイはいつも使っている断切剣を、スロウは同じ能力を使用した切れ味抜群の音叉剣を。
 下手すれば簡単に首が飛ぶ本気の特訓だ。今さら段階なんか踏んでられない。

 剣を両手に構え、二人で模擬戦を続けていた。

「違う! もっとこう、『バッ』て振るんだよ、『バッ』って!」

 曖昧が過ぎる指示に返事をする気も起きなかった。
 なんだよ『バッ』って!? 早く振ればいいのか!?

 若干投げやりになって、普段デューイがしているように力任せに横へ薙いだ。
 瞬間、まったく同じ動作で払った黒騎士に、自分の得物を持っていかれた。
 手元を離れた音叉剣は間抜けな音を立てて落下し、そして、仁王立ちしたデューイが言った。

「違う!!」

 こめかみに青筋が浮かんだ。
 分かるわけねえだろ。

 やはりというかなんというか、デューイは教える才能がまったくといっていいほど無かった。
 『バッ!』とか、『グンッ!』とか、感覚で技を教えようとしてくる。
 まるでチンプンカンプンだ。ヘンリーの説明がどれだけ親切だったか、今さらながら気が付いた。

 むさくるしい男二人がそろいもそろって、

『こう!?』
『違う!』
『こう!?!?』

 などとわめいている姿はさぞや滑稽なことだったろう。
 それでもやらなきゃいけないのだから必死である。

 そんな風に、最初の数日間はまるで進展が無かった。

 やがて、デューイの動きをよく観察するようになった。

 剣を振るという一つの動作に関して、腕以外の部位も動かしているのか、動かすとしたらどこなのか、どういうタイミングなのか、どれくらいの角度か……。

 それらの情報を踏まえた上で『バッ』とか『グンッ』とかいう言葉で表せそうな動作を再現する。仕方ないじゃないか、それくらいしか手がかりがない。
 そして理不尽に『違う!』と怒鳴られ、また観察して、修正して……。

 そんなサイクルを何度も何度も繰り返し、一週間は経ったころだった。

「――だいぶ動きが良くなってきたな、スロウ」

 いきなり、デューイから褒められた。

 最初は言っている意味が分からなかったが、まっすぐにこちらを見つめるデューイの様子を見て、胸の浮くような感覚が湧き上がってきた。

「ほ、ほんと?」
「ああ、確実にうまくなってる」
「そっか……!」

 思わずこぶしを握り締める。

 自分でもなんとなく上達してそうな感覚はあったが、師であるデューイから認められたことで確実なものとなった。

 やみくもに弓の練習を続けていたときとは違う。確かな成長の実感だ。
 嬉しくないはずがない。

「……おい、水を差すようで悪いが、まだまだ、だからな。
 オレに言わせりゃまだひよっこだ。分かってんのか?」
「分かってるって、ふふふ」

 にやける顔を制御できない。

 いやいや、一歩前進できただけでも十分な収穫じゃないか。
 上達のきざしすら見えず足踏みするばかりだったあの時に比べれば、大きな違いだ。

 にこにこしながら基本の素振りを続ける。

「まったく……。
 いいか、お前はまだ実践で役立てるほどじゃねえ。
 ホントに戦えるようになりてえなら、それこそ、魔物を真っ二つにできるくらいにはならねえとダメだぞ」
「えぇ? 真っ二つに?」

 剣を振っていた腕を止め、渋い顔でその法外な目標に聞き返した。
 確かに、デューイならできるかもしれないけど……。

「そうだ。
 特に筋肉が足りん。もっとオレみたいに飯を食え」

 そういって、黒騎士は自分のことを指さした。
 その黒い軽鎧の内側に収まっているのは、筋骨隆々とした逞しい肉体だ。

 スロウは自分の身体を見る。
 確かに、目の前のそれに比べれば細く、頼りない印象の方が大きいだろう。

 けど……。

「そんで、でかくなって、オレみたいにグワっと剣を振れるようになれば――」
「デューイ」

 途端に、あたりが涼しくなった気がした。

 さっきまで湧いていた興奮がふっと静かになって、休まっている。
 リラックスして風を感じている時みたいな静けさを感じた。

「ごめん、師匠相手にこんなこと言うべきじゃないかもしれないけど……」

 首の後ろを掻いて……。
 そして、目の前の大男を見上げた。

「俺は、デューイにはなれない」

 背丈に大きな差がある二人は、それぞれの剣を持ちながら向かい合っていた。
 一方は刃と刃の間が取り除かれた音叉の剣を、もう一方は分厚く湾曲した巨大な黒剣を。

「俺にはデューイみたいに筋力が無いし、扱える剣も違う。
 それに、たぶんデューイほど好戦的にもなれない。
 ――全部が全部、同じことはできないんだ」

 ごく一般的な体躯のスロウは、年のわりに筋骨隆々とした大男を見上げた。

 根本的に、身体の構造が違う。
 歩んできた人生も、違う。

 たとえ魔法道具があったとしても、きっとすべてを同じにはできないのだ。

「だから、なんていうか……見守っててほしい。
 技は教わりたいし、教えてほしいけど、もう少しだけ見守っててくれたら嬉しい」
「……ああ……そうだな」

 何か思うことでもあったのだろうか、含みのある沈黙のあとに、そのまま素振りを再開するデューイ。お手本を見せてくれているらしい。
 スロウも、その横に並んでまた剣を振り始めた。

 この時の会話は、深く心に残っていた。
 そして、それはどうやらかなり強い力を持っていたようで、特訓中のスロウの意識に変化が訪れる。

 ――真似することを止めた。

 今までずっとやっていたデューイの真似をほどほどのところで止め、自分に合ったやり方で、自分にとって無理のない動作の範囲内で技を再現する。

 結果としてデューイのそれとは似ても似つかない、コンパクトで地味な剣技に変わり果ててしまったが、不思議と、その鋭さは師にも劣らぬ強力なものになっていた。

 ……何かを継承するっていうのは、こういうことなんだろうか。

 肉体も精神も異なるはずの他者の技術が、文字通り血肉を通して吸収・最適化されていく。
 そんな奇妙な感覚に後押しされるように、スロウの剣の技術はメキメキと上達していった。