剣を打ち合う音が響く。
訓練用の木剣なんかじゃない。そんなものはない。
デューイはいつも使っている断切剣を、スロウは同じ能力を使用した切れ味抜群の音叉剣を。
下手すれば簡単に首が飛ぶ本気の特訓だ。今さら段階なんか踏んでられない。
剣を両手に構え、二人で模擬戦を続けていた。
「違う! もっとこう、『バッ』て振るんだよ、『バッ』って!」
曖昧が過ぎる指示に返事をする気も起きなかった。
なんだよ『バッ』って!? 早く振ればいいのか!?
若干投げやりになって、普段デューイがしているように力任せに横へ薙いだ。
瞬間、まったく同じ動作で払った黒騎士に、自分の得物を持っていかれた。
手元を離れた音叉剣は間抜けな音を立てて落下し、そして、仁王立ちしたデューイが言った。
「違う!!」
こめかみに青筋が浮かんだ。
分かるわけねえだろ。
やはりというかなんというか、デューイは教える才能がまったくといっていいほど無かった。
『バッ!』とか、『グンッ!』とか、感覚で技を教えようとしてくる。
まるでチンプンカンプンだ。ヘンリーの説明がどれだけ親切だったか、今さらながら気が付いた。
むさくるしい男二人がそろいもそろって、
『こう!?』
『違う!』
『こう!?!?』
などとわめいている姿はさぞや滑稽なことだったろう。
それでもやらなきゃいけないのだから必死である。
そんな風に、最初の数日間はまるで進展が無かった。
やがて、デューイの動きをよく観察するようになった。
剣を振るという一つの動作に関して、腕以外の部位も動かしているのか、動かすとしたらどこなのか、どういうタイミングなのか、どれくらいの角度か……。
それらの情報を踏まえた上で『バッ』とか『グンッ』とかいう言葉で表せそうな動作を再現する。仕方ないじゃないか、それくらいしか手がかりがない。
そして理不尽に『違う!』と怒鳴られ、また観察して、修正して……。
そんなサイクルを何度も何度も繰り返し、一週間は経ったころだった。
「――だいぶ動きが良くなってきたな、スロウ」
いきなり、デューイから褒められた。
最初は言っている意味が分からなかったが、まっすぐにこちらを見つめるデューイの様子を見て、胸の浮くような感覚が湧き上がってきた。
「ほ、ほんと?」
「ああ、確実にうまくなってる」
「そっか……!」
思わずこぶしを握り締める。
自分でもなんとなく上達してそうな感覚はあったが、師であるデューイから認められたことで確実なものとなった。
やみくもに弓の練習を続けていたときとは違う。確かな成長の実感だ。
嬉しくないはずがない。
「……おい、水を差すようで悪いが、まだまだ、だからな。
オレに言わせりゃまだひよっこだ。分かってんのか?」
「分かってるって、ふふふ」
にやける顔を制御できない。
いやいや、一歩前進できただけでも十分な収穫じゃないか。
上達の兆しすら見えず足踏みするばかりだったあの時に比べれば、大きな違いだ。
にこにこしながら基本の素振りを続ける。
「まったく……。
いいか、お前はまだ実践で役立てるほどじゃねえ。
ホントに戦えるようになりてえなら、それこそ、魔物を真っ二つにできるくらいにはならねえとダメだぞ」
「えぇ? 真っ二つに?」
剣を振っていた腕を止め、渋い顔でその法外な目標に聞き返した。
確かに、デューイならできるかもしれないけど……。
「そうだ。
特に筋肉が足りん。もっとオレみたいに飯を食え」
そういって、黒騎士は自分のことを指さした。
その黒い軽鎧の内側に収まっているのは、筋骨隆々とした逞しい肉体だ。
スロウは自分の身体を見る。
確かに、目の前のそれに比べれば細く、頼りない印象の方が大きいだろう。
けど……。
「そんで、でかくなって、オレみたいにグワっと剣を振れるようになれば――」
「デューイ」
途端に、あたりが涼しくなった気がした。
さっきまで湧いていた興奮がふっと静かになって、休まっている。
リラックスして風を感じている時みたいな静けさを感じた。
「ごめん、師匠相手にこんなこと言うべきじゃないかもしれないけど……」
首の後ろを掻いて……。
そして、目の前の大男を見上げた。
「俺は、デューイにはなれない」
背丈に大きな差がある二人は、それぞれの剣を持ちながら向かい合っていた。
一方は刃と刃の間が取り除かれた音叉の剣を、もう一方は分厚く湾曲した巨大な黒剣を。
「俺にはデューイみたいに筋力が無いし、扱える剣も違う。
それに、たぶんデューイほど好戦的にもなれない。
――全部が全部、同じことはできないんだ」
ごく一般的な体躯のスロウは、年のわりに筋骨隆々とした大男を見上げた。
根本的に、身体の構造が違う。
歩んできた人生も、違う。
たとえ魔法道具があったとしても、きっとすべてを同じにはできないのだ。
「だから、なんていうか……見守っててほしい。
技は教わりたいし、教えてほしいけど、もう少しだけ見守っててくれたら嬉しい」
「……ああ……そうだな」
何か思うことでもあったのだろうか、含みのある沈黙のあとに、そのまま素振りを再開するデューイ。お手本を見せてくれているらしい。
スロウも、その横に並んでまた剣を振り始めた。
この時の会話は、深く心に残っていた。
そして、それはどうやらかなり強い力を持っていたようで、特訓中のスロウの意識に変化が訪れる。
――真似することを止めた。
今までずっとやっていたデューイの真似をほどほどのところで止め、自分に合ったやり方で、自分にとって無理のない動作の範囲内で技を再現する。
結果としてデューイのそれとは似ても似つかない、コンパクトで地味な剣技に変わり果ててしまったが、不思議と、その鋭さは師にも劣らぬ強力なものになっていた。
……何かを継承するっていうのは、こういうことなんだろうか。
肉体も精神も異なるはずの他者の技術が、文字通り血肉を通して吸収・最適化されていく。
そんな奇妙な感覚に後押しされるように、スロウの剣の技術はメキメキと上達していった。