「そういえば、なんでベレウェルの黄金剣って最強って言われてるの?」
湿った床にまかれた砂の中で、薪が火を燻ぶらせている。
白い煙がもうもうと立ち上り、天井に空いた穴から抜けていった。
今スロウたちがいるのは、もはや誰も住んでいない廃村だった。
魔物がいないことはすでに確認済み。まだ耐久性が残っていそうな家屋を選び、その中で休息をとっている。
天井に穴が空くほどのボロさだが、腰たけぐらいの高さまで生えた雑草と羽虫の大群に囲まれない点では魅力的な場所である。
「ふふふ、じゃあわたしから説明してあげましょう!」
ベレウェルの黄金剣、と聞いてセナが嬉しそうに立ち上がった。
スロウたちは座ったままの状態で彼女を見上げた。
「なぜベレウェルの黄金剣が最強と言われているのかというと、その特異性が攻撃範囲の広さにあるからなんです。
……いわく、『一振りで大地が裂ける』と」
スロウは想像する。
黄金の剣を高々と構える男がそれを振り下ろし、剣波に沿って土や岩が爆散していくイメージが浮かんだ。
「ベレウェルは結構小さい国なんだよ。都市名をそのまま国名に採用してる。
それでも他国からの侵略を受けずに済んでいたのは、文字通り『伝家の宝刀』があったからだろーな。
たった一人で軍隊を殲滅できるような魔法道具なんて他にはねえよ」
横に座っている黒騎士が注釈を添えてくれた。
その分かりやすく衝撃的な能力は広く知れ渡り、『呪われた黄金剣』とか、『手にしたものは必ず不幸になる』などと言われて、今でも数多くの逸話が語られているそうだ。
事実、ベレウェルはその黄金剣が理由でひどい戦火に巻き込まれた過去があるらしく、ずっと昔に永世中立国としての立場を表明し、『黄金剣は使わない』と宣言していたという。
……結局は、水の太陽に滅ぼされてしまったわけなのだが。
しかしながら知名度という点から見て、やはりベレウェルの黄金剣は頭一つ抜けているらしい。セナが興奮するのもある意味当然かもしれない。
「でも、魔法道具は一部分に特化したものが多いんです。
たぶん純粋な切れ味だけで言ったらデューイさんの剣の方が上なんじゃないでしょうか」
「ふふん」
断切剣を背負うデューイは自慢げだ。「見たことないからたぶんですよ」とセナに補足されるが、無視している。
「とにかく、当面はその黄金剣を回収するのが先です。
……せっかくですし、当日の計画を確認しましょうか。
さあ集まって」
「えー」
談笑してリラックスしていた三人は気が滅入りそうなその話題に文句を言ったが、鋭く注意されて仕方なく緊張感のある雰囲気を醸し出した。
彼はその辺の石をつかみ、チョークみたいにそれを壁へ押し当て、線を引く。
描いているのはどうやら廃都市の俯瞰図らしい。丸い円を作り、そこへ外側から矢印を書き加えられた。
「まず、我々はベレウェルに到着後、四人で都市を探索……黄金剣を探します。
可能であればエーデルハイドが現れる前に剣を回収。
遅れて到着した魔人を、最強の魔法道具で返り討ちにする……というのが理想のシナリオです」
壁に描かれた円の内側に、さらに剣とワイヤーのマークが加わる。
罠も張るつもりらしい。少しでも有利な状況を作るためだろう。
この時点で、冒険者三人組はもう完全に意識を切り替えてヘンリーの作戦を聞いていた。
「――そしてこの戦いにおいては、スロウ君は起用しません」
唐突に断言された言葉に、スロウは否応なく身体が固まった。
しかし、臆面もない様子のヘンリーがさらに続ける。
「理由は、スロウ君はまだ実力不足だと考えているからです。
まだ、あのエーデルハイドの魔人と正面切って戦えるほどではない。
そのことを見越した上での判断です。どうかご理解を」
「……」
スロウは、沈黙で答える。まぁ仕方がないところはあるかもしれない。
……でも、どうにかして自分も力になれないか……?
頭の中で思考を働かせながら、ふと、一つのアイデアを思いつく。
そのアイデアを考えながら、隣に座っていたデューイの質問を聞いた。
「理想のシナリオは聞いた。じゃあ、一番最悪なシナリオは何だ?」
「やつが我々よりも早く廃都市に到着していて、黄金剣も奪われている、という状況です」
鬼に金棒、という言葉が思い浮かんだ。
黄金剣の能力がどれほど強力かにもよるが、あまり楽しそうな絵面ではない。
「そうなった場合は、やつが黄金剣を使えない状況へ持ち込みます」
「どうやって?」
「廃都市の中心部で戦います。
そこならまだ建物が残っているはず……エーデルハイドも馬鹿ではありませんから、能力の余波による倒壊を恐れてくれるでしょう」
「うーむ」
どうやら、ベレウェルは比較的背の高い建物が多い都市だったらしい。
その建物群に見下ろされる環境さえ残っていれば、うかつに黄金剣は使えないだろう、という考えだ。使用者すらも生き埋めになる可能性があるからだ。
万一、エーデルハイドが黄金剣を使ったとしても、相手は落ちてくる|瓦礫《がれき》に重力魔法を割かなければならない。
そうなればこっちは警戒すべき技が一つ減るわけだから、一気に戦いやすくなる。
やつが黄金剣を使っても、使わなくても、どちらに転んでもこちらの有利になるという寸法だ。
まあ、その前に黄金剣の能力をしのげるかどうかが問題だが。
「それに、障害物が多い場所なら弓矢にも対抗しやすいですし」
「じゃあ、わたしたちの得意分野ですね!」
ダンジョンでの経験を積んできた冒険者は、自信満々にこぶしを握りしめる。
近距離での戦いは冒険者の専売特許だ。慣れた環境で戦える方が勝ちやすいだろう。
「もちろん、今のプランはもしもの場合です。
まずは、剣を手に入れるのが先です」
それが目標です、と繰り返し語るヘンリー。
そこへ、彼の言葉を遮るように、スロウは口を挟んだ。
「――ヘンリーさん、相談したいことがあります。
黄金剣の回収は、俺に任せてもらえませんか」
全員の視線がこちらに向いた。
……さあ、ここからだ。
このまま黙って、何もせずにいるなんてごめんだ。
自分の道くらい自分で切り開いてやる。
「……スロウ君。もちろん君も探索には参加してもらいますよ。
四人で剣を探すのです。戦闘には加えられないですが――」
「いや、そうじゃなくて、もし剣が見つかる前にエーデルハイドと出くわしたら?
探索が間に合わない場合もありますよね?」
先ほどヘンリーが提示した、二つのシナリオ。
黄金剣を先に見つけるのが向こうか、こちらか。
その二つに絞って作戦を立てるのでは足りない。
『もし剣が見つかる前にエーデルハイドと遭遇したら?』
この中間点のような場面にも、作戦は必要なはずだ。
「……その時は、臨機応変に対応しますよ」
まだ警戒されているらしい。
ちょっとだけ深呼吸。
「……俺だって、自分の実力は分かってるつもりです。
エーデルハイドの魔人と戦えるほどじゃないけど、魔物を倒しながら都市を探索するくらいならきっとできる」
ここは正直微妙なところだ。
確かに剣の腕は上がったが、それだけで最難関のダンジョンを単独で動けるかと言われると自分でも不安が残る。そもそも特訓期間が短いし。
……それでも、何もしないで待っているよりはマシだろう。
「たぶん、エーデルハイドの魔人と出会ったら、みんなは戦いを始める。
そうでしょう? そのためにセナを特訓させてたんだし。
――その時、俺だけは手が空いてる」
ヘンリーは顎に手を当てたまま黙っている。
うわあ眉一つ動かしてないよ。怖いなあ。
戦々恐々としながら、震えそうな声で続けた。
「この音叉剣はいろんな能力を使えるから、何かあっても柔軟に対応できる。
この中で一番多くの能力を扱えるのは俺でしょう?」
「ふむ……」
魔人とは戦えないからこそ、別の役割を果たせる。
ヘンリーは悩んでいる。もう一押しというところか。
……ここが絶好のタイミングだろう。
スロウは、とっておきのカードを切り出した。
「この音叉剣なら、黄金剣の能力も使えるかもしれない」
これが切り札だ。
スロウの魔法道具なら、他の能力をコピーできる。
特殊な機構さえ必要としなければ、黄金剣の能力再現は可能なはずだ。
だから一番最初に黄金剣を手にするのは、自分であるのが好ましい。
そんな理屈。
「……」
しかし、ヘンリーは黙ったままだ。
これでもダメか? いや、そんなはずはない。
なんせ先に黄金剣を見つけることさえ出来れば、こちらには最強の魔法道具が二つもあることになるのだ。
伝説の魔法道具が、二人分。
万一奪われても、対抗できる。
呑むはずだ。彼のように合理的な人間なら。
「……分かりました」
そうして、長い沈黙の末、ジャッジの男は重い首を縦に動かしたのだった。