「よし、そこまでだ。いったん休憩にするぞ」
デューイの指示で剣を止めた。
一息ついてから座り込む。……まだまだ動けるけどな。
最初のころに比べれば、かなり体力がついたと思う。
この特訓も全速力での移動のあとだ。十分余裕は残っている。
座ることはせず立ったままで水を飲む。
厚い獣革でできた水袋だ。
汗をかいた後の水はいつもよりおいしい。
「明日からは一人で特訓しろよ。
ジャッジの野郎がチームワークの練習だと言ってきやがってな、しばらくオレは付き合えそうにない」
「ふーん……デューイ、合わせられるの?」
「あいつらがオレに合わせりゃいい」
胸を張って答える大男に苦笑した。
なんだかんだで、セナとヘンリーがサポートに回っている構図が簡単に予想できた。
「しかしな、オレは驚いたぞ。
まさかあのジャッジの野郎を言いくるめるとはな」
「デューイは応援してくれるのか? 俺が戦いに出るの」
「うん? まあな。
つーかなんでそんなこと聞くんだよ」
デューイは腕を組んだまま、こちらの方を向いてくる。
喉元にものを突っかえたような感覚を抱いたが、深く息を吐いて話し始めた。
「実はさ――」
「へえ、お嬢ちゃんが?」
「さっき話してるときもすっごい複雑そうな顔してたし、
絶対嫌がってるよ、俺が魔人と戦うの」
そう、セナのことである。
魔人と戦えるかどうか、そんなヘンリーからの『試験』の直後、自分には来て欲しくないみたいなことを言われたのは記憶に新しい。
片眼鏡の魔法道具を渡したときに仲直り的なことは済んだと思っていたが、先の交渉ではずいぶんと渋い表情を浮かべていた。
自分は信頼されていなかったのだろうか。
はぁ~、と首をうなだれる。
泥で汚れた自分の靴と、微妙に湿った土が目に入った。
こういうのは結構、キツい。
「……なあスロウ。
お前、なんで嬢ちゃんがそんなこと言ったか知らないのか?」
「うん?」
首を斜めに回して、隣に立つデューイを見上げた。
「あいつ、『お前に生きていてほしい』っつってたんだぞ」
斜めにしていた首が、まっすぐに持ち上がった。
吐き出した息を取り戻すように、深く息を吸う。
「嬢ちゃんから相談されたんだよ。
命をかけて戦う場所に来てほしくないってな」
「……マジで?」
ああ、マジだ。
そう言って、大男はスロウが持っていた水袋を取り上げる。
嘘をついている顔ではない。
「嬢ちゃんなりに考えて、わざと引き離すようなことを言ったんだと思うぞ」
水袋をあおぐデューイを横目に、考え込む。
ということはつまり、彼女はスロウに失望したとかそういうことではなくて。
今まで自分が悩んでいたのは、勝手な思い違い……?
「……なんだよ……」
あまりのアホらしさに、溜め息が出た。
頭を掻きながらこれまでのことを思い出す。
勘違いで自滅するなど、これではまるで道化師のようではないか。
いくら成長速度に差があったとはいえ、それで仲間を疑うなんて情けない話である。
不必要に焦りを感じなくてもよかったのだ。
巷でもよく言われていることだ。
肉体だけでなく精神も成熟しなければならない、と。
今頃になって、その言葉の意味を理解できた気がした。
「もっと、強くならないとな」
「……お前はもう十分強いぞ」
「なんでさ」
笑いながら問いかけると、デューイは少し黙ってから答えた。
「オレにはずっと出来なかったことだ」
視線を上げた。
デューイは腕組みをしながら、東の方――自分たちがやってきた道のりを向いて立っている。
「どれだけ剣が使えても、それだけじゃ守れないものだってある。
ミラとも、あのクソオヤジとも……うまくつながりを維持できなかったオレにゃ、この場所はもったいないくらいさ。
……お前がいてくれて良かったよ」
そういって、デューイは珍しく優しげな笑みを見せてきた。
自分も、頷いて返す。
デューイと同じように東の方を見やると、泥だらけで、ぬかるみばかりの湿地帯が広がっていたが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
「なあ。ミラって、デューイの師匠の名前だよな。
どんな人だったんだ?」
「…………そうだなぁ」
そういえばこの話はまだちゃんと聞いていなかった気がする。
今度は一転してどこか遠くを見つめ始めるデューイ。
過去の引き出しを一つ一つ調べるみたいに、少し時間を置いたあと、彼はゆっくりと口を開いた。
「……つかみどころのないやつだった。
小難しいことばかり話しててな、ガキの頃にゃつまんなかったもんだ。
『何話してる?』って聞いてもよ、わざと遠回しなこと言いやがって、余計に混乱したぜ」
デューイはその師匠のささいな悪行を並べ立て、スロウに同意を求めてくる。
こんなことがあって、ひどいだろ? と。
スロウも笑いながら相槌を打った。
文句を言って、うんざりとした表情を浮かべているデューイが、実際にはその師匠に深い信頼を置いているのであろうことは容易に理解できた。
「――だが、剣の腕だけは一流だった」
そして、感嘆の息とともにそんな言葉が吐き出されていた。
「美しかったよ。まるで踊ってるみたいでな、流れるように剣を振るうんだ。
でも、綺麗な動きなのにすっげー攻撃的な技ばかりで、習ったときは面食らったなぁ。
そうそう、あいつはこの剣術のことを龍剣って呼んでたっけか」
ずいぶん大げさな名前だよな、ホント。
そう言って笑うデューイの表情は、穏やかだ。
きっと、とても大切な思い出なのだろう。
「そうだ、必殺技とか無いの?」
「はぁ? あるわけねえだろ」
速攻で否定された。
無いのか……そう残念がっていると、どうやら何かを思い出したらしい。
デューイは訂正するように口を開いた。
「ああ、でも――
一度だけ、それらしいもんを見たことはある」
「へえ! どんなの?」
「んー……」
少しだけ沈黙を挟んだデューイ。
そのあと唐突にスロウの方を向いてきて……そのまま黙って手を伸ばしてきた。
ごつごつの暖かい手が、頭の上に置かれる。
「そのうち教えてやるよ。
そのうち、な」
……気が付いたら、デューイに撫でられていた。
微妙に恥ずかしい気持ちになったが、視界に映るデューイの横顔は、どこか遠くへと釘付けになっている。
何を考えたんだろう?
繰り返し訪れる手のひらの感触を、疑問とともに感じていた。
――それから、数日ほど経ったころ。
ついに、目的地である廃都ベレウェルへ到着した。