第五十三話 リベンジ・マッチ

 閃光が空を貫く。
 甲高い剣戟けんげきの音が響き、廃墟と化した都市のすき間へ消えていく。

 強い風が吹いていた。
 仲間が起こしたものか、それとも天気が荒れ始めたのか……両脇にそびえたつ傾いた廃屋から、塵が吹き飛んでいくのが見えた気がした。

 冷え切った廃都市内を駆け巡る、五つの影。
 その中の一人が、煽るように口を開いた。

「へえ? 意外とやるじゃない、あんたたち。
 さっきのは本気じゃなかったのかしら?」
「黙れ……!」

 赤い髪の少女は、重力すら感じられないほど身軽な動作でステップを刻んだ。
 仲間たちが繰り出す攻撃を、蝶みたいにヒラヒラ避ける魔人。
 そいつが容赦なく飛ばしてくる金色の矢を避けながら、全員で蜂みたいに動き回り、追走する。

 ――スロウは、そんな戦いの様子を屋根の上から眺めていた。
 置いて行かれないように足を動かしながら、なるべく視界を確保できる場所へ移動する。

 戦いに参加しないのには理由がある。
 自分の実力はわかっているつもりだ。一人でやみくもに突っ込んでいっても、おそらく返り討ちになるだけだろう。
 事実、エーデルハイドの魔人は三人の攻撃をいなしながらスロウの位置もちゃんと確認しているのだ。まだ奇襲なんかできない。

 それよりもまず、確かめることがある。
 スロウは、魔人と戦う仲間たちに目を向けた。

 自分の知らない、三人の連携だ。
 一体、どんな戦い方をするのだろう?

 そうして、いつでも参戦できる距離から仲間たちを観察していて……ふと、笑い出してしまった。

「なんだよ、ダンジョンを攻略する時とほとんど同じじゃないか」

 中心にいるのはデューイ。やはりあいつにチームプレイを要求するのはジャッジでも無理だったらしい。まあ時間も無かったし、それが一番無難だったのだろう。
 人の背丈ほどもある巨大な湾刀を手に、純粋な剣の技術と突破力にものを言わせて、ほぼ完璧に前衛をこなしている。

 そんなデューイをサポートするのがセナとヘンリーの二人。

 セナはこれまでにもやっていたように、風を付与して味方の移動能力を底上げ。
 変わったのは、味方の援護方法に射撃が加わったことか。
 以前は突風を当てて敵の態勢を崩したりしていたが、毒矢という無視できない攻撃のおかげでかなり戦術の幅が広がっている。しかも狙いをつけるのがうまい。もともと機敏な動きができることも相まって、正直かなり強くなっていると思う。

 ヘンリーは主に妨害役と司令塔だ。
 前に戦いを見たときは敵の妨害と味方のサポートを同時にやっていたが、今回はデューイの持つ断切剣との相性を考えてか、魔人に直接ワイヤーを伸ばす行為は少なくなっている気がする。
 代わりに、魔人が重力魔法で飛んで逃げないように空中にワイヤーを張り巡らせたり、罠を作成・設置するといった行為が増えている。

 突然エーデルハイドのそばで爆発が起こったときは驚いたが、何をしたかすぐに理解した。
 ヘンリーは『火起こし木っ端』をトラップに組み込んだのだ。それ以外にも、背の高い廃墟群に転がっている瓦礫などにワイヤーを組み合わせて、敵を動きにくくさせている。

 もちろんこうした妨害工作だけでなく、仲間たちに戦闘の指示も与えている。というかこっちがメインだ。
 きっとこの即席のチームでも勝てるように、臨機応変に作戦を練って動かしているのだろう。
 障害物の多いこの環境なら利用できるものも多いし、たぶん、身体以上に頭を動かしているはずだ。

 即席のチーム、即席のチームワーク。
 けれど、ダンジョン攻略で培っていた役割を流用している分、安定感がある。

 その証拠にあのエーデルハイドの魔人とも――舐められてはいるが――戦えてる。

 主力のデューイ。
 援護特化のセナ。
 司令塔、および妨害役のヘンリー。

 その中で、今の自分が担うべき役割は何か?

「――遊撃だな」

 直後、スロウの気配が掻き消えた。

 何度も四人目・・・の位置を確認していた魔人が、初めて顔色を変える。
 そこへデューイが斬りかかるが、重力魔法でも使ったのか、魔人は重い斬撃を逆にはじき飛ばす。

 相手は、こちらの位置に気が付いていない。

 チャンス!

 そうして、背後を向けているそいつに接近し、スロウは剣を振りかぶった。

「……!」
「『背後からの奇襲』。それだけで倒せると思ったの?」

 スロウが振り下ろした剣は、光剣に変えられたエネルギーの束に防がれていた、
 剣とエネルギーとの接地面からチリチリとした音が聞こえてくる。

 バレてる! 犯罪者の町で見た『認識阻害ローブ』の能力を使ったのに。
 相手に指を差す動作で発動し、魔人の視界から簡単に離れられたが、簡単に防がれた。

 これでも有効打にはならないのか。
 ……いいや、まだだ!

 スロウは距離をとって魔人と同じ……あの光の弓を形成。
 相手の真似をするように、金色の矢を放ちながらバックステップを刻む。

「……へえ?
 あたしと同じ能力が使えるんだ?」

 もちろんオリジナルのそれとは似つかない下手くそな射撃である。バックステップだって大したものではない。
 実践で使うにはあまりにもお粗末すぎる技術だが、むしろ相手は面白がってくれたようだ。

 思惑通りにやつが前へ出て来た瞬間に、別の能力を使用する。

 突然、切り替わる景色。

 回転の勢いをつけて振り返ると、目の前には背を向けて歩いている魔人がいた。

「はぁっ!!」
「っ!?」

 異常な反応速度で防がれたが、エーデルハイドはたぶん初めて、その整った顔を驚愕の色に染めた。

 直前まで自分がいた場所へワープする能力。
 使い方を工夫すれば、こうやって真っ向勝負からいきなり奇襲をかけられる。

 剣術とは関係なく、今まで見せていなかった魔法道具の能力だ。
 いかにお前と言えど、予想できないだろう!?

「わたしたちのことも――!」
「忘れてもらっちゃ困るぜ!!」

 そこへ、追い打ちをかけるように仲間が攻撃を仕掛けた。

 バックステップで距離をとった魔人に向けて、セナが上から毒矢を放ち、デューイが横から斬りかかる。

「――スロウ君! ワイヤーに掴まってください!」

 言われた通りとっさに視界に入ってきた鋼鉄の糸を握ると、すごい勢いで上に持ち上げられる。
 下の方を見たら自分がいた場所に光の矢の残像が通ってて、危うく串刺しになりそうだったのだと理解して寒気がした。

 ワイヤーで持ち上げられた先に降りると、司令塔のジャッジが立っていた。

「今のは良い戦術でした。この調子で頼みます!」

 彼は手短にそういうと、すぐに別の屋根へと移っていった。

 微妙に間が空いた後にちょっとだけ口元がにやけてしまったが、ボーっとしてると置いて行かれてしまう。

 すぐに気を取り直して、仲間たちを追いかけた。

 そして、スロウはまだ連携が完成されていない三人の穴を埋めるように、多彩な能力を惜しみなく使って立ち回る。

 一撃を与え、ワープする能力ですぐに離脱した。
 土の壁を作って、魔人の進路を妨害した。
 至近距離から突風をぶち当てて、ヘンリーが張ったワイヤートラップに無理矢理はめた。

 ――純粋な剣術だけじゃ、かなわない。

 だから、組み合わせるのだ。
 龍剣で得た技術に、魔法道具の能力を……!

「……なんだよ、動けんじゃねえかスロウ……!」

 そして初めて、スロウを含める四人がひとまとまりのチームとして機能する。

 即席でまだ完璧に連携が出来上がっていない三人の穴を、多彩な能力を扱うスロウが埋めて。
 技術不足が残るスロウの穴を、安定感のある戦いをする三人が埋める。

 それは不思議な現象だった。
 あらゆる点で未熟だったはずの四人が、未熟さを残しているが故に、それぞれの欠点を補い合って強くなる……。

 ――それを証明するかのように、あのエーデルハイドの魔人が後手に回り始めた。

「あはっ、思ってたよりやるじゃない……!」

 彼女は、嬉しそうに笑っている。
 まるで戦いに愉悦を見出しているかのように。
 以前よりもはるかに成長したスロウたちを前にしたエフィールは、口元の笑みを隠しきれていない。

「さ、そろそろ準備運動は終わったでしょ?
 ここからスピード上げてくわよ」

 そして、使う武器を弓矢だけに縛っていた魔人が、他の魔法道具を解禁し始めた。
 乱れる閃光の剣戟に、変化が生じる。

 ザバリと水しぶきを上げて突き出される土の杭。
 残像が残るほど速い直線移動。
 そして、重力魔法。

「くっそ、やっぱり手強いな……!」

 分かりきっていたことだが、なぜこうも圧倒されるのか!

 自由自在に形状を変える光の弓矢だけでも厄介なのに、そこへ多彩な能力が加わって対処が遅れてしまう。
 そして、その遅れは致命的だ。

 さっきまで攻勢に回っていたはずのスロウたちは、徐々に徐々に、押されていく。

「ここで戦い続けるのは不利です!
 全員、こちらへ!」

 やがて戦いの舞台は、割れた大地の上へと移ってゆく……。