「頼む! いま奴隷に落ちたら、私の家族が……!」
「知るかよ! お前たちは『決闘』に負けたのさ!
敗者は勝者の下につく……それがルールだろうが!!」
追われていた方の半獣人たちが乱暴に取り押さえられ、手錠らしき拘束具をつけられていく。
彼らは身をよじって必死に逃げ出そうとしているが、しかし、馬乗りになった相手から殴りつけられ、みるみるうちに動きが鈍っていく。
「スロウ、助けましょう」
隣で、赤い髪の少女が金色の目でまっすぐに訴えかけてきた。
巨大な樹木の幹に身を隠し、堅い木の根に足を乗せながらもう一度彼らの様子を確認して、俺は答えた。
「当然。
いろいろ話も聞きたいからね。
エフィール、二人は任せた。もう一人は俺がやる」
「了解」
周囲に茂る枝葉に当たらないように腰に差していた音叉剣を抜刀し……苦笑する。
なんだかんだで対人戦は久しぶりだ。
この魔法道具でどんな能力が使えたっけ。
そして、どれが一番使えるか……?
一瞬で思考を巡らせてから、大弓に黄金色の矢を構えた少女とともに飛び出した。
「なっ……誰だ!!
ぐっッ!?」
エフィールが黄金の矢で一人を射抜き、
その隙に俺は風をまとって懐に潜り込む。
足元の地面は走りやすい。あの砂漠とは大違いだ。
久々のちゃんとした大地の感触に足を踏みしめ、落ち葉を散らし、切れ味のない音叉剣で敵のみぞおちを刺突。
崩れ落ちるそいつを見下ろしながら周囲に他のやつがいないか確認し、すでに二人目を下していたエフィールと顔を合わせた。
「もう大丈夫よ、敵はいない」
「オッケー」
余裕だな。
しばらく魔物としか戦ってなかったから不安だったけど、対人戦もすぐに勘を取り戻せそうだ。
みずみずしい樹林のにおいを鼻いっぱいに吸い込みながら、襲われていた方の半獣人たちに目を向けた。
「……大丈夫ですか? そちらの……えっと、猫耳のかた」
彼らは猫耳と猫の尻尾を携えていた。
猫族?で合ってるんだろうか。
怪しい人物ではないと証明したくて笑顔のまま手を差し伸べると、彼らは興奮したように声を張り上げる。
「す、すごい!!
もしや、名のある武人なのではないですか!?」
「え? えっと、たぶん、そうなのかな……」
エフィールに関しては世界を見てもトップクラスの実力だとは思うけど……。
「きっと、あなたたちなら序列十位以内に食い込める!
待遇は保障します。ぜひ、私たち猫人族の代理決闘者に……!」
「ちょ、ちょっと待った。
それより手錠外さないと」
「……無駄さ……!
そいつは特別製なんだ。魔法道具から作られた服従の手錠だ!」
そこで、倒したはずの相手が苦しげに声を漏らした。
地を這いつくばっていたそいつは、フードで顔を隠した赤紙の少女に見下されながらこちらをにらみつけている。
「エフィール、手加減したのか」
「ええ、なにか情報を得られるかと思って。
気絶させた方がよかったかしら?」
「いや、むしろ助かる」
こういう言い方はトゲがあるかもしれないが、こいつも貴重な情報源である。
まだ自分たちはここに来て日が浅い。手に入る情報はできるだけ取っておきたかった。
俺は猫耳の人たちから離れ、にらみつけてくるそいつのそばにしゃがみこんだ。
よくよく見たら曲線状にカーブを描いた角が日本、両耳の上に生えている。
山羊だ。山羊の半獣人族だ。
「服従の手錠って?」
「重厚な金属で作られたもんさ。ちょっとやそっとじゃ壊せねえぜ。
一度付けたら終わり……そいつは俺たち山羊族のもんだ」
ざまあみろ、と言わんばかりに頬を歪めるそいつ。
なんだかんだ素直にしゃべってくれるじゃないか。
この人、思いっきり情報漏らしてることに気づいてないのかな。
ふと後ろを振り返れば、猫耳の人たちが忌々しげに歯を食いしばっている。
倒れこんだまま一向に立ち上がろうとしていないところを見るに、なにか一切の抵抗を禁止される効果なのかもしれないと思った。
……それにしても……金属……金属か……。
あ、あの能力使えるんじゃないか?
「じゃあ、ちょっと試してみるか」
俺は再度、猫耳の人たちのところに近寄り、音叉剣で、ある能力を発動させた。
キィン、と剣が銀色に輝いた直後、彼らに付けられていた金属の手錠が茶色く変色し、穴を穿って、ぼろぼろに崩れていく……。
成功だ。
「な、なんだよそりゃ……サビつかせて壊すなんて……そんなの反則だろうが!!」
そう、俺が使ったのは金属を腐食させる能力だ。
確かこの能力は、白銀都市アリアンナで見てたんだっけか。
今の今までほとんど使い道を見出せてなかった気がするけど、ここでならようやく日の目を浴びせてあげられるかもしれない。
朽ちた手錠を半獣人の人たちから外しながらそう思った。
「怪我はありませんか?」
「あ、ああ。ありがとうございます、旅のお方……。
…………これは何が何でも我が一族に引き入れなければ……」
「何か言いました?」
「いえ、なにも。
本当にありがとうございます、あなたたちは命の恩人です。
私たち猫人族の里へ案内しますので、どうか今夜は泊まっていってください。
お食事もご用意いたします」
願ったり叶ったりだ。宿の心配をしなくて済むし、何より情報収集がしやすい。
兎人族のことも……セナのことも何か分かるかもしれない。
「よろしければお名前を聞いても?」
「スロウです。
こっちのフード被ってる方は……
えっと、エル。エルって名前です。
人見知りする子なんで、あんまり詰め寄らないでいただければ……」
「……」
エフィールの方から何か不満げな視線がチクチクと刺さってくるのを感じつつ、俺は猫耳の彼らのあとに続いて行った。
「――ちくしょう、覚えてろよ!!
『天樹会』はお前らを見逃したりはしない!
いつか必ず、セトゥムナの支配層は罰を与えに行くからな――……!!」
山羊の角を生やしたそいつらの、そんなセリフを聞きながら……。