第九十六話 歓迎

 ……なぜか、周囲に侍るのは猫耳の美少女たち。

 目の前に広がる、肉類を中心とした豪勢な食事に目を丸めつつ、やたらと肌を密着させてくる猫耳の娘たちにキョドりまくる。

「ささ、あなた方は私たちの恩人ですから。
 どうぞ、くつろいでくださいませ」
「……えっと……」

 豪華な椅子に座らされて困惑していると、猫人ねこびと族の族長がお酒らしき液体を俺の盃に注いできた。

 促されるままに出された料理を口にすると、いろんな香辛料が効いた獣肉が熱い肉汁とともに口内で弾けて、溢れんばかりの旨味を伝えてくる。

 砂漠の大陸から戻ってきたばかりの自分にとってこの食事は天にも昇るほどおいしい。

 おいしいと確かに感じたはずなんだけど、それ以上にこの身に余りすぎる処遇が居心地悪い。

 しかしだからと言って逃げ出すこともできず……俺はされるがままに、もてなしを受けた。

 猫人ねこびと族の里に招かれた、夕暮れ時。

 里に入った瞬間は警戒されたものの、助け出した猫人たちが前に出て彼らに耳打ちした途端、手のひらを返したようにニコニコと笑顔を向けられた。

「荷物をお持ちましょうか」なんてやたらと親切に取り扱われながらこのテントの中に移動。
 そこでこのような豪勢な食事を出されたり、民族的な踊りを披露されたりと……
 まさに至れり尽くせりである。

 予想をはるかに上回る歓迎ムードに面食らって、セナの実家である兎人とじん族のことを聞くタイミングを逃してしまったのも痛い。

 ふと首を傾ければ見知らぬ猫耳の美少女が肩にしなだれかかってくるのを感じるので、死ぬほど落ち着かない気持ちを味わっていた。

「……なに鼻の下伸ばしてんのよ」

 背筋が凍るほど冷たい声音でつぶやいたのは、俺のやや右前方に座っているエフィール・エーデルハイドだ。

 フードを目深まぶかに被っているので表情すべてを把握できるわけではないが、目元を隠すその布端に遮られた彼女の釣り目がやたらと鋭く感じられるのは気のせいではあるまい。

「いや、別にそういうつもりは……」
「ふぅん……」

 スッと細められた金色の瞳にたじろぎ、俺は頬ずりしてきた猫耳の美少女たちにやんわりと拒絶の意思を示して距離を取ろうと試みた。

 ヤバい。これ以上はなんか、マズイ気がする。

 目を細めているエフィールが、控えめな量の料理を取って落ち着かなさそうに食べているのを見ながらそう思った。

 エフィールも当然この豪勢な食事を囲んでいるうちの一人なのだが、あの怒りのにじむ視線を抜きにして考えれば、ごはんを食べる手つきが慣れていないというか……すごくオドオドしてる印象があった。

 最初は彼女のところにもいろんな人たちが接待しに行ってたものの、彼女は居心地悪そうにそれを拒否して今は一人で俯いて食事を食べている。

 魔人であることを考えれば正体がバレるのを恐れるのも無理はないが、その一方でこうして刺すような視線を向けてくるのでちょっと困惑してしまった。

 でも、ビクビクしながらご飯を食べてるよりかは、怒りを滲ませながら食べてた方が彼女に負担はかからないのかな……? なんて考えながら、視界に入り込んできた老人に目を向けた。

「ささ、旅のお方。もう一杯」

 左側に座った族長の老人が、猫背のままお酌をしてくる。

 ちなみにお酒に関しては今まであまり飲んだことがなかったので、ちびちびちびちびと時間を稼ぐようにすすっている。

 それでも追加で注いでくるので、熱くなってくる喉元の慣れない感覚から逃れたい一心で口を開いた。

「ここまで歓迎されると逆に落ち着かないですね。
 もしかして何か理由があるんじゃないですか?」

 苦し紛れの一言だったが、割と核心を突いたセリフだったらしい。

 すぐに、歓迎ムードのテント内の空気が変わり、
 真剣味を帯びた静けさがわずかに停滞した。

「……そうですな、ちゃんと話をしなければなりますまい」

 少し席を外してくれと族長が目を向けると、猫耳の美少女やら踊り子やらがそそくさと退散していく。

 ふぅ、と鼻息をついて肩の力を抜くエフィール。

 これで、このテントの中には俺たち三人だけだ。

 外からこぼれてくる虫の鳴き声と、わずかな湯気を帯びた料理のそばで、老人が重い口を開いた。

「実は、あなた方に、我ら猫人族の代理決闘者となってほしいのです」
「ほう」

 頷いてはみたが、そもそも代理決闘者というのが何なのかもよく知らない。
 質問してみようと思ったが、老人のほうが先に口を開いたので黙って聴くことにした。

「いまのセトゥムナの状況については、知っておりますか?」
「詳しいことは、あまり」
「……セトゥムナ連合では今、苛烈な競争が行われていて、
 そこで決まる勝ち負けで上下関係が築かれるようになっているのです」
「へえ。何を競ってるんですか?」
「戦闘能力です」

 族長の老人は猫背をさらに丸めこんだ。

「それも、一対一での」

 俺はセトゥムナに転移してきた直後のことを思いだす。
 そういえば、倒した山羊族の半獣人も『決闘者』なんて単語を口にしていたな。

「それが、決闘者っていう存在なんですか?」
「その通りです。
 二つの種族が、それぞれ一人ずつ決闘者を選出して、戦わせる。
 そして、勝った方が負けた方から、資源も人も、武器も奪い取ることができる。
 そういうルールなのです。
 最近では魔法道具の使用も可能になってきて、一度負けたら取り返すのは難しくなっているのです」
「……魔法道具も? それじゃなんでもありじゃないですか」
「強力な道具を持っているかどうかも優劣を競う基準になってきたのです。
 といっても、それも最近のことですが」

 そこで老人が、水を飲んで乾いた喉を潤した。
 木製のコップを持つ手が震えていた。

 表情もあまり優れないようで、しわの多い額をさらにしわくちゃにさせながら難しそうな顔で再び老人は口を開いた。

「私たち猫人族も最初は勝ちを重ねられていましたが、
 セトゥムナのトップ層にあたる『天樹会てんじゅかい』には敵わず……ここ数か月は決闘で負け続けているのです。
 多くのものを、天樹会てんじゅかいに奪われました。
 食料も、モノも、そして我が同胞たちも……多くが奴隷として連れ去られました。
 もちろん、そのうちの一部は、スロウ様たちに救われたのですが……」
「……えっと、まさかとは思いますけど、この豪勢なお食事は猫人族の明日の食事だったー、なんてことはないですよね……?」
「…………」

 そこは黙らないでほしかった。
 急に、腹に収めたとてもおいしい料理の数々がずしりと重くなったように感じてくる。

 ていうか、そんな大博打に出るしかないくらいに追い詰められてるのか。

 ひやりとしながら、改めて老人に目線を向けた。

「……質問なんですけど、俺たちが決闘者になったらマズくないですか?
 そもそも俺たち、猫人どころか半獣人ですらないのに」
「問題ありません。
 現在の序列一位……セトゥムナの頂点の決闘者も、半獣人ではない代理の者ですから」

 老人はそこで、大きく身を乗り出してくる。

「もう、私たちには、後が無いのです。
 旅の方を我々の争いに巻き込むのは本意ではないのですが、いかんせん余裕がない。
 決闘は、消耗戦です。
 長く争いを続けていれば、戦士の数が少ない方が不利になる。
 どうか、私たちが暮らしを持ち直す時まででいい。
 何でしたら、今よりも良い待遇をお約束します。
 どうか猫人族の代理決闘者となっていただけませんか……!」

 深々と頭を下げる猫耳の老人。

 俺はすぐには返事を返せず、腕を組んで考え込んだ。

 いったん整理しよう。

 要するに彼らがしたいのは、俺たちのスカウトだ。

 今のセトゥムナでは決闘による勝者総取りの戦いが巻き起こっていて、その戦いで負けがこんでいる猫人族は、これ以上の被害を避けるためにも新しい戦力が欲しい。

 そこで俺たちが現れた。

 彼らにとっては渡りに船だったのだろう。
 スカウトして代理決闘者として戦ってもらい、あわよくば奪われたものを取り返したい……という算段のはずだ。

 決闘で勝てば相手陣営の人手なんかも奪えるみたいだから、それでどうにか、連れ去られた猫人族たちを取り戻そうと考えているのかもしれない。

 その見返りとして、俺たちにはさっきの豪勢な食事やら猫耳の美少女やらの好待遇を約束する……という話らしい。

 俺はエフィールに目を向けた。
 彼女は背筋を伸ばしてじっと耳を傾けながら、「あなたに任せる」と言わんばかりにフードの奥からまっすぐに金色の瞳を向けてきた。

 彼女だったらその序列一位とやらにも届くんじゃないかと思ってしまうくらいその戦闘能力は際立っているが、それ以前に彼女はエーデルハイドの魔人だ。
 表舞台に出すわけにはいかない。

 顔をさらして戦うのは、俺の役目だ。

 それに……引き受けたって別に損するばかりじゃないだろう。

 俺は、猫背をさらに縮こませて頭を下げている族長の老人に口を開いた。

「分かりました、俺が代理決闘者になりましょう」
「おお、では……!」
「けれど、条件があります」

 そう伝えると、明るい表情から一転、緊張の面持ちでつばを飲み込む族長。

 別に無理難題を吹っ掛けるつもりはないんだけどな、と思いつつ、さっさと要件を言うことにした。

「実は、俺たちの目的は、兎人族の仲間と合流することなんです。
 手を貸すのはいいですけど、その代わり兎人族についてなにか情報をくれませんか?
 それこそ、彼らの里がどこにあるのか、とか」

 忘れちゃいけない、自分たちの目的は、まずはセナやデューイと合流することにあるのだ。

 デューイに関してはまだどこにいるのか判明していないし、だいたいあいつはすぐに死ぬようなヤワなやつじゃない。

 先にあの、天真爛漫てんしんらんまんな女の子を探す方が現実的だ。

 そう考えを巡らせながら族長の老人に話を切り出すと、彼は、しわくちゃの目元を大きく見開いた。

「そうですか、兎人族の……」

 明らかに何か知っている風な様子。

 しかし、口を開くでもなく言いにくそうな顔をして悩んでいる彼に、俺は詰め寄った。

「なにか知ってるんですか」
「……知ってはいるのですが、その……」
「教えてください。代理決闘者として力は貸しますから」

 話をするようじっと促していると、やがて彼はポツリと言った。

「先日、大規模な奴隷狩りが行われたのです」

 ……何で、急にそんな話を。

「奴隷狩り、というのは、決闘で負けた種族が取引に応じず抵抗したり、逃げ出したりした場合に行われるものでして」
「……」

 なんとなくわかってしまった。

 族長の老人に向かって乗り出していた自分の上半身が下がっていき、
 重い腰が、ゆっくりと大きな椅子の上に落ちていく。

「その、兎人族……フラントールの一族は、先日、奴隷狩りで大きな被害を受けたばかりなのです。
 だから、その、お気の毒ですが……」